おかえりカレー



部活が終わって、さあ帰ろうという時。
携帯を開いたら、メールの受信に気付いた。

送信者 聡美ちゃん
件名  無題

本文を開くと『ごめん今日残業。帰り10時過ぎます。夕飯は適当に買って下さい。ちゃんと野菜も食べるように』

いつものように絵文字のない聡美ちゃんからのメール。
ああ、今朝最近仕事が忙しいって言っとったのぉ。

『了解』と打ち、送信しようとしたが、少し考えてから『お疲れ様です。お仕事頑張って』を付け足した。

送信。

さて、適当に飯買って帰るか。

校門を出て、駅までの道のりを歩き出す。




(コンビニ‥弁当屋‥)

最寄り駅まで着いた俺は悩んでいた。
コンビニはアパートのすぐ近くにあるが、手作りの弁当屋へは少々距離がある。

コンビニの弁当で済まそうかと思ったが、聡美ちゃん受けが良いのは絶対に手作りの方だし、うん。

聡美ちゃんに褒められる為なら少しくらい歩くのなんて。

そう心の中で呟き、足を動かした。


弁当屋の前まで着いたところで、

(あ、こんなところにスーパーあったんじゃ)

すぐ向かいにある新しくできたらしいスーパーが目に入る。

少しだけ立ち止まってから、ふらふらっと道路を横断した。

(もし俺がなんか作ったら)

自動ドアが開き、スーパー独特の明るさに目が少し眩む。

(聡美ちゃん、喜ぶんじゃないだろうか)


ぎこちない動きでカゴを掴み、店内に入った。





本当に長い時間掛けて、カレーのルーがあるところまでたどり着いた。

(ヤバい。どこに何があるかさっぱりわからん)

なにかを作ろうと考えて、カレーしか思いつかなかった。

ルーをゲットした今、あと必要なものは肉くらいだろう。
野菜は確か聡美ちゃんの家には常備してあるし、万が一無くても俺は全く構わないし。

(肉売り場っ!!)

広い店内を見渡しても全くわからない。

料理をするのは初めてだが、それに不安はなかった。自分は器用だし、作り方見ながらなら問題は無いだろう。

だが料理を始める以前の問題だ。
材料を集められない‥

なんだってスーパーはこんなに広いんだ、そして物が多すぎやしないか。
スーパーの広さに嫌気がさし途方にくれていた時、

「何かお探しですか?」

天の助けが現れた。
従業員の若くて優しそうな女性。

「あ、あの、肉は」



肉売り場まで連れてきてもらい、安堵の溜め息が出た。

しかし、沢山の種類がある。
何を買えば良いのかサッパリだ。

「あの、」

少し恥ずかしいが

「カレーにはどれを入れれば‥」

連れてきてくれた従業員のお姉さんに訪ねる。
少し驚いた顔をしたが、すぐに親切に答えてくれた。

「牛肉と豚肉と鶏肉、どれにしますか?」
「ええ‥!」

それも選ばなきゃならんのか。
‥何が良いんだろう。

困った顔をしていたら意外なところから声がかかった。

「何、お兄ちゃんカレー作るの?」
「だったら鶏肉よ〜タモリさんも言ってるわよカレーには鶏肉だって」
「やだ、若いんだから牛肉でしょう!」

おばさん二人組。
知らない人に声を掛けられたことに少し戸惑った。

二人はしばらく鶏肉か牛肉かで揉めて、結局従業員のお姉さんに意見を求め、お姉さんはかなり困っていたが、じゃあ牛肉を‥と言ってカレーに入れる肉は牛肉に決定した。

おばさん達が、牛肉を選んでくれる。

「アメリカ産はダメよ。オーストラリアか国産ね」
「こま切れが良いわよね〜」
「あ、あの、ありがとうございます」

世の中には親切な人がいるものだ。
軽く感動しながら礼を言った。

「やだ〜いいのよ〜」
「お母さん喜ぶわよー!こんなイケメンな息子が夕飯作ってくれるなんて」

お母さん‥
まあ確かに母親並に面倒見て貰ってるけど。
と言うか聡美ちゃんは放任気味の実の母親よりも世話を焼いてくれている。

そしてこんな、親孝行みたいなこと、母親にもしたことが無い。

(‥喜ぶかのぉ)

少しくすぐったい気持ちになる。




店の外に出れば、もう真っ暗だった。
入る前はまだかすかに明るかったのに。
随分時間が掛かった。‥半分は店内をさまよっていたのだけど。

重い荷物を持ち直し、足早にアパートへ向かって歩き出した。

足取りは、軽い。





◇◇◇◇

(もうちょっと‥)

血走った目でパソコンの画面を睨む。

今月から新しく始まったプロジェクトのリーダーを任された。

嬉しくて、張り切りすぎたんだ。
随分と凝った仕事をしてしまったけど、少し無駄があったかもしれない。
来月からは無駄を削って、もっと効率良く別の業務と並行させながら‥


「疲れた‥」

思わずでてしまった独り言。

「おー、もうちょっとだ。頑張ろうぜ、中谷」
「はい!あ、こっちもう終わります!」
「俺もあとこれだけ。後片付けしといてくれ」

なにかと一緒に仕事をすることが多い一年先輩の高橋さん。
私と高橋さんが主になって進めたこの企画。
今日残業しているのは二人だけだ。

私が入職したての時は、なんてやる気のない先輩だろうと思っていたが、ここ最近は凄く頼りがいのある先輩。

もしかしたら私や後輩の彩ちゃんに影響されたのかもしれない、なんて少し自意識過剰な事を考える。

「終わったー!!あー、疲れた」
「お疲れ様です。帰りましょうか」

9時半ちょい過ぎ。
家に着くのは10時過ぎちゃうな。

一年目の時はこれくらいの時間までの残業は良くあったが、ここ最近はこんなに遅くなることはなかった。
まあ、効率が上がったからなんだろうが、だからこそ来月はもっと頑張らなくては。

あーだこーだと仕事の話しをしながら、会社を出る。

「あー、中谷。明日休みだし、どっか飲み行かない?打ち上げってことで」

この疲れているものの開放感のある身体には、とても魅力的な誘いだった。

(ビール、飲みたい‥)

きっと雅治君も、待っていたりはしないだろう。
ご飯ちゃんと食べたかな‥










「ただいま」

来てないだろうと思っていた予想が外れた。
玄関には彼の大きなローファーが一足。


(‥断って、良かったあああ)

高橋さんの誘いには、また今度プロジェクトメンバー全員で打ち上げしましょう、と返した。
多分来週あたりにまた企画してくれるだろう。


靴を脱いだ所ですぐに雅治君がパタパタとやってくる。

「聡美ちゃんおかえり!おつかれさん」
「ただいま。」

いつものように出迎えてくれた雅治君に軽く癒されていたら、良い匂いが鼻をかすめる。

「これ、カレーの匂い?」
「聡美ちゃん、飯まだ食ってない?」
「うん。なにか適当に作ろうと思ってたけど」
「作った!俺!カレー!」

嬉しそうに、早く早くと部屋に引きずられる。

テーブルの前に座らされ呆然としていたら、すぐに雅治君がお皿によそったカレーを二人分運んできた。

「え、え?作ったの?雅治君が?」
「おん。食お」
「待っててくれたの?」
「おん。一緒に食いたかった」

ニコニコと嬉しそうな雅治君の姿が、段々と滲んで見えて、慌てて下を向く。

「え!?聡美ちゃん?」
「‥今日、母の日とかだっけ」
「いや違うじゃろ。え、どうした?」
「なんでもない。雅治君」

溢れてきそうな涙を必死で堪える。
ここで泣くのは恥ずかしすぎる。

「ありがとう」

顔を上げ、雅治君の目を見てそう言えば、少し照れたようにはにかんだ。




「美味しかったあ〜」
「聡美ちゃんがいつも作るやつの方が美味い」
「雅治君が作ったのが美味しいよ」
「そーか?」
「人に作ってもらうのって格別なんだよ」

雅治君のカレーは、牛肉も柔らかいし、野菜だってちょっと種類が少ないけど(玉ねぎとジャガイモのみだった)ちゃんと形を崩さずに煮込んであった。

何よりも、実家を出てから他人にご飯を作って貰ったことがなかったから。

こんなに嬉しいものだなんて。

「本当、ありがとうね」
「ええよ。いつも世話になっとるし」

少し声を小さくして、こちらこそいつもありがとう、そう言った。

‥‥なに?この子私を泣かそうとしてるの?

「それにしても」

お皿を流しに運んで、カレーの鍋を見る。

「随分沢山作ったね‥」

家にある一番大きい鍋にまだまだ並々と残っている。

「カレーのルー、全部入れちゃって‥気が付いたらこんなことに‥」
「明日夕飯作る手間省けちゃった。二日目はきっともっと美味しいよ」
「食いきれるかのぉ」

多分、私と雅治君では無理だろう。
余らすのはもったいない。せっかく雅治君が作ってくれたんだから。

「丸井君、呼ぶ?」

処理班として。そう提案したら雅治君は物凄く嫌そうな顔をした。

「えー」
「嫌なの?」
「おん。あいつがここに来るのも俺の手料理を食わせるのも」
「でももったいないでしょ?」
「うー」


渋々ながらも了承してくれた。
明日お米何合炊こうかしら。


「あ、聡美ちゃん。デザートにこれ」

そう言って林檎と柿をスーパーの袋から取り出した。

「わ、嬉しい。買ったの?」
「いや、貰った」
「え?」
「おばさん達に、スーパーで」

スーパーでいろんな人に親切にしてもらって、しかも色々と貰い物をしたと言う。

果物だけじゃなく、スーパーに入ってるパン屋さんのパンだとか、何故か調味料だとか、卵だとか、レジを済ませた時に沢山のおばさんに物を押し付けられたらしい。


うわ凄く助かる‥

って言うか、
ああ、この子は本当に年上キラーだわ。
そう痛感した。






「雅治君は本当に年上受けが良いよね」
「そーか?」
「うん。」
「‥聡美ちゃん受けは?」

想像してなかった質問に驚いた。
不安げな瞳でこちらを見ている。
銀色の尻尾が揺れる。


ああ、なんて可愛いんだ。

「良いに決まってるでしょ」

そう言って、頭をくしゃりと撫でてあげたら子供扱いに不満げな声を出した。

ほんと、年上キラー。

prev next

 しおり 目次へ戻る
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -