Feb. 食生活改善のお知らせ
「雅治君、お弁当も作ろうか?」
聡美ちゃんちに入り浸るようになってから1ヶ月。
夕飯のきつねうどんを啜っとったら急にそんなことを言われた。
「なんで急に?まあ有り難いけど、大変じゃなか?あ、聡美ちゃん、この″あげ″超旨い」
「え、ありがとう。だって夕飯だけでひと月一万円はちょっと貰いすぎなんだもん」
「え、俺コンビニで夕飯買っとった時は月一万ぐらい使っとったけど」
「うわぁ‥コンビニ怖い‥せめてスーパーとかで買えば良かったのに‥‥それでっ!私も今お昼は社食なんだけど、お弁当にしようかと思っててね、一緒に雅治君のも作るよ」
「あー、じゃあ頼もうかのぉ」
お弁当箱持ってる?と聞かれ、少し考える。
あったようななかったような‥
ちょっと探してくる、と言って自分の部屋に戻る。
引っ越しの時、荷物の中に入れた気がしないでもない。
お、あった!
「ただいまー」
合い鍵で聡美ちゃんの部屋に入る。
「あった?‥わ、ずいぶん可愛いの持ってたね」
俺の手にはなにやらファンシーな水色の二段重ねの弁当箱、揃いの小さいカバンがあった。
「一年前ぐらいに名も知らぬ女子が弁当くれた時のじゃ」
「え、お弁当箱返さなくていいの?」
「返そうにも名前もクラスも学年も知らんし顔もよう覚えとらんから。あと渡す時に『返さなくて良いですから!』って切れ気味に言われてのぉ」
変な奴じゃった‥
「切れ気味?絶対雅治君がなんかしたんでしょ、それ。」
「記憶にない」
「汚職した政治家みたいなこと言わないの。てゆうかお弁当、よく貰うの?」
「あー、昔は良くもらってたんじゃけど」
今は?と訪ねられ、少し返答に困る。
「なんてゆうか、好き嫌い多すぎて殆ど食わないまま弁当箱返したりしてたらいつの間にか誰もくれんようになってのぉ」
「‥‥‥‥‥」
あ、今絶対呆れられてる!目でわかる!
「私がそのお弁当作った女の子だったら泣いてたかも」
「聡美ちゃんのは残さん!絶対食う!」
だから野菜いれないで‥って言ったら頭コツンてされた。
◇◇◇
昨夜、雅治君に朝出かける時間を聞いたら、朝練があるから7時には出ると言っていた。
現在6時50分。いつも通りの時間に起きて、お弁当作りは十分間に合った。さすが私。
メニューは卵焼きと先週作って冷凍しておいたミートボール、昨日の残りのきんぴらにひじきの煮物、ご飯は炊き込みご飯。デザートに林檎を剥いたのを入れてあげ、タンブラーにお茶も詰めた。
うん、完璧だ。理想的なお弁当だ。
行く前に寄ると言っていたけど、まだかなーと思いながら私も自分の支度を進める。
着替えを済ませ、化粧をしながら時計を見る。あれ、7時まわっちゃったけど‥
どうしたんだろう。取り敢えず電話をする。
‥‥‥‥‥でない。
しょうがないなぁと思いながら化粧を中断して、玄関に向かう。
ピンポーン
‥‥‥‥。チャイムを鳴らしても無反応。
合い鍵を取り出し鍵を開け、中へはいる。
カーテンが閉まりっぱなしで薄暗い部屋の中、ベッドを見ると、
丸まった大きな布団の塊。
微かに寝息が聞こえる。
‥‥‥‥‥。
べりっと思い切り布団を剥ぎ取る。
「うおっ!寒っ!」
飛び起きた。
「あれ、聡美ちゃん」
寝ぼけ眼でおはよーさん、とか呑気なことを言ってる。
朝練で7時に出るって言ってたよねーとか、いろいろ突っ込みたいことはあったけども。
「ねえ、なんでダウン着ながら寝てるの?」
「いや、寒すぎて死ぬかと思ったから‥」
「で、朝練は?」
取り敢えず顔を洗わせて(冷たい、と言い嫌がった)制服に着替え終わるのを待ち(モタモタして遅かった)、訪ねる。
朝練開始は7時半らしいけど、もう過ぎてしまっている。
「いや、寝坊ってことで今日は休むナリ」
「ねえ、雅治君。朝練、毎日出れてるの?」
ギクッとした顔になる。
「でとるぜよ。‥調子の良い日は」
後半かなり声が小さかった。
「‥いいの?サボって」
「まあその分放課後多めにやっとるし‥」
「雅治君がそれで良いなら別に良いけど。なんで起きれないの?」
「ケータイのアラームじゃなかなか起きれんくて‥あと寒いと二度寝しちゃう」
あ、でも!
聡美ちゃんが起こしに来てくれたら起きる!
そう無邪気な顔で言われてしまったら。
くそう、可愛いな!
今は特に髪の毛がペタッとしていてなんだかあどけなくて可愛さが増している。
その日から、私の朝の仕事が一つ増えるのだった。
「それで、雅治君。いつも朝ご飯は?」
「た、食べてません」
そしてさらにもう一つ。
(朝起こして朝ご飯食べさせてお弁当持たせて‥って)
(私はお母さんか!)
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