03.
3日後。
『あ〜えっと? アイダさん! これ、もう写ってるんですか?』
『写ってる写ってる。ほら、君の仕事仲間さんがこっちを見てるぞ。挨拶しなくていいのか?』
おそらくシャミアニードの者だろう、アイダという男に手解きをうけて、アユはこのご時世にそぐわない分厚いテレビの前に、ちょこんと座ってこちらを伺っていた。
日本は今、22時。HLは朝の8時だ。時差とアユの高校の都合で、今くらいしか両方の者が通話できる時間はない。
『ハ、ハロー。3日ぶりですね、皆さん』
はにかんでこちらに手を振ってくるアユに、レオナルドとK.Kが答えた。スティーブンは、表情筋を抑えるのに必死で、マグを口につけて画面に顔が映らないようにした。
「ハロー、アユ。無事に着いたみたいでよかったよ」
「アユっちがいなくなった途端にガラーンとしちゃってね? ほんとに寂しいんだから!」
『え〜まだ3日しか経ってないのに!』
画面の向こうで彼女は笑い、しばらく雑談した後で、これからの事を軽く説明し始めた。
『”間接特殊型”用の魔法陣カーペット、毎日申し訳ないんですけど……よろしくお願いしますね、ツェッドさん』
「もちろんです。敷いておくだけですが…任せてください」
寝る前にカーペットを敷いておくのが、ツェッドの仕事だ。真面目な彼の事だ、忘れたり場所を間違えたりなんてことは、まずないだろう。
『あと……”パートナー”の事なんですけど』
そこまで言って、アユは少し言葉を濁した。ザップとスティーブンがそれとなく画面の方に寄る。
『ほんとに、ほんっとーに! ちょっとでも嫌だと思ったら、やめてくださいね?』
「その心配はしなくていいよ」
「俺はそんなヤワじゃねー」
ぐっ……とアユは押し黙る。どちらも引き下がる気は無いらしい。はー、とアユが溜息をついたところで、レオナルドが話題を変えた。
「あー、アユ? そっちのハイスクール、どうだった?」
『え、ああ……みんな、よく生きて帰ってきたなぁって、感心してました』
それはそうだろう。こんな街で、見かけは普通の女子高生である彼女がぴんぴんしたまま日本に戻ってくるなんて、向こうの人間からしたら奇跡に近いことに違いない。
『あと、かっこいい人はいた? とかって聞かれたり……あ! 勿論写真とかは見せてないんで』
日本人というのは、どうやら海外の人間はみな美しいという妄想を抱いているらしく、アメリカではどこでも、俳優並の美男美女が街を闊歩していると信じきっているのだという(アユは”私のクラスメイトに限った話”だと言っていたが)。
「ヤマトナデシコばりの美女になら見せてもいーぜ?チビよぉ」
『見せませんよ! ザップさんだって一応秘密結社の構成員でしょ!』
一応って何だよ! とザップが画面に掴みかかろうとしたのをレオが無理矢理引き止める。
「だー!! テレビ壊れちゃうでしょ! シャミアニードお手製のたっかいやつなんすよ! アンタの給料の3年分はしますよ!」
先ほど”このご時世にそぐわない”と紹介した分厚いテレビ、実はレオの言う通り、シャミアニードから直々に送られてきた「”間接特殊型結界”専用通信機」なのである。通常の番組を見ることも、テレビ電話もできるこれの真の力は、結界を張る時に発揮される。
『本当ですよ! このテレビとそのテレビの、どっちか一つでも壊れちゃったら……結界さえも張れないんですからね!』
アユがいない間、別のグルズヘリムをライブラに寄越して結界を張る、という手も無いことは無かった。が、一度その建物とグルズヘリムが仲良くなってしまったら、他の者が途中で入ってきても、結界の最大の力は発揮されない。要するにグルズヘリムは、結界を張った建物に懐かれるのだ。
ぎゃーぎゃー喚き続ける双方を片手で制し、一つ咳払いを入れて、スティーブンが口を開いた。
「……何にせよ、出席日数とやらがたまったら、すぐに帰ってきてくれ。結界が発動していても本人が不在だったら、緊急事態に対応出来ない可能性がある」
背後でにやっとしたのはK.K。ザップは顔を後ろに向けて舌打ちした。
『勿論です。あ、そろそろですか? アイダさん……』
「そ、そーだそーだ! そっちはもう夜遅いし、ね! ははは! アユ、おやすみー!」
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