02.
スティーブンはアユと和解して以来、反動的に彼女に優しくしまくっていた。他のメンバーと同じ様にたわいない雑談もするし、コーヒーや紅茶をいれてくれたら笑いかけるし、目をそらすこともなくなった。それ以上に、近くでアユが何かにつまづいたらサッと腕を支えたり、男としては当たり前のことではあるが、歩道では車道側を歩いたり、何か考え事をしていたら、話を聞いたり。温室で談笑することもあったし、歌ってもらう……というのは入院していたとき以来さすがに無いが、日本のことや音楽のことを話したりもした。スティーブンは博識で聞き上手だし、アユも負けないくらい聞き上手、話もうまいしで、2人の距離は、他のメンバーに追いつく勢いで、縮まっていた。
それなのに。
『そういう訳じゃ。すまんのう、ミスタ・ラインヘルツ』
事務所のテレビからクラウスに謝りを入れているのは、シャミアニードのリーダーでありながらアユの祖母でもある、ゲルダ・ディートリッヒ。
「なるほど、それは致し方ない」
いやいやいやクラーウス! あれ、OKしちゃうのか? スティーブンはキリッとした表情を崩さないまま、ちらっとアユの方を見た。彼女は、そうかよく考えたらそうだった、と焦りの表情を浮かべている。
『アユ、そう深く考えるんじゃないよ。なに、たったの2ヶ月じゃあないか。私らも正直、お前さんがここまでHLを気に入るとは思わなんだね。こちらから何も言わなくても、そのうち自分で思い出して言ってくるものだろうと思っていたから……』
「お、おばあちゃん! でも、その間ここは、誰が結界を?」
『おや、”間接特殊型”の結界は、張れないのかい? アユ・マクラノ』
ゲルダが確かめるように聞き、にやりと笑う。えええ……アユがちょっと嫌そうな顔をしたので、あ、これは帰りたくないと言うかもしれない!と一瞬でも期待した自分を突き飛ばしたい。
「……わかりました。帰ります」
日本に。
アユは真面目で、しっかりしていて、そう……こういうことを駄々こねてまで拒否するような人間じゃない。わかってはいたけど! せっかくまともな上司と部下らしくなってきたんだ、彼女を眺めていたって仕事も卒なくこなせるようになってきた! ひどい、あまりにもひどい仕打ちだ。スティーブンは、ゲルダ婆が自身を見られる位置まで歩き、交渉に出てみた。
「マダム、どうかお考え直しを。アユの結界がなければ、エギンウイルスを防ぐことはできません」
『おや、ミスタ・スターフェイズ。話を聞いておったか? 彼女は帰国しても、”間接特殊型”の結界を張り続けるのじゃよ』
ツェッドあたりが寝る前にカーペット状の”間接魔法陣”を事務所に敷いておき、日本が17時、つまりHLが深夜3時になったら、日本と事務所を専用のテレビで繋ぐ。アユがそこからテレビを通して守護魔導を唱え、結界を張る。これが”間接特殊型”である。難度も大きく上がり、アユの体力は一度張るだけで相当すり減らされるが、背に腹は代えられないらしい。
「スティーブンさん、事務所のことを心配するのもわかりますけど、単位を取らなきゃ私、高校を卒業できません」
18歳になったその時から、シャミアニードの一員として働きはじめるというのが、ロロカリアンの掟。それでも大抵の日本支部のロロカリアンは、高校までは卒業するし、大学にだって進学するのだという。
「高卒認定くらいは、貰っておきたいですし。疲れはしますけど、ぶっちゃけ間接特殊型の方が基本型よりも強力なので、安心はできますよ。それに2ヶ月したら出席日数がたまるんで、ちゃんと帰ってきます」
「君は、本当にそれでいいのか? せっかくここにも馴染んできたのに……」
いや、アユはここにやってきた次の日には、既にほぼ全てのものに馴染んでいた。僕と、ようやく仲良くなってきたのに。本当は、それが言いたかったのだけど。
『お主にしては珍しくくどいのぅ、ミスタ・スターフェイズ』
ふぉふぉ、とテレビ越しに笑うゲルダ婆は、有無は言わさないといった眼差しでスティーブンを見据えている。その圧力に負け、スティーブンは仕方なく首を縦に振った。
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