09.
「あ〜……えっと、スティーブンさん、アユです」
「……ああ、分かるよ。どうした?」
「財布を忘れちゃって……」
「………」
「………」
((気まずい!!!!))
*
アユは、珍しく気を利かせたザップにお礼を言いながら病室までやってきたものの、いざ室内に入るとなると緊張してしまい、ドアの前で5分ほど固まってしまっていた。普段クズを煮崩して瓶に詰めたような言動しかしないザップさんが、あのザップさんがせっかくこんなチャンスを与えてくれたんだ、財布をとるだけじゃなくて! 距離を一気に縮められるような台詞を用意しなくちゃ。そんな事を考えていたアユは、室内に一人でいるはずのスティーブンが零した言葉をドア越しに聞いた。
「馬鹿だったのか、俺は……」
カチャリ。アユは無意識のうちに、ドアノブに手をかけて扉を開けていた。
*
「……」
「……」
「……無いのか?」
「……えーと、無い、ですね……?」
その後も長い沈黙が続き、アユはもしや、と先程ザップが腰掛けていた椅子のある所まで行き、そこから手を伸ばして一思いにスティーブンが膝にかけていたブランケットを引き剥がした。
「!?」
「あ! あった!」
アユの予想通り、ブランケットの中に 彼女の財布が挟まれていた。ザップさんめ。きわどすぎる場所に置くんじゃないよ! せめて自然な感じで床に落としといてよ!
「あっ、えっ、あったのか?」
「ありました、すいません!」
目が見えないスティーブンは、突然ブランケットを引っぺがされた事に大層驚き、明らかにどきまぎしている。普段キリッとしている分、その慌てた様子が何だかおかしくて、アユは「ぷっ」と吹き出してしまった。
「ふっ………あっはっはは!」
「え? 何だ? ………っは、は! ははは!」
そこからはもう、言葉は要らなかった、というか。
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