Magic Green!!!本編 | ナノ
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08.

「ん!?」

病院の廊下をてくてく歩いていたアユは、財布が自分の鞄の中に入っていないことに気付いた。とりあえず近くにいたザップの肩を叩く。

「ザップさんザップさん、私の財布見てません? 今日全くお金入ってないんで、盗んでも無駄ですよ」
「お前は俺の事何だと思ってんの!? 財布? あー……さっきスターフェイズさんの病室にあるのを俺は見たな」

は? とアユは思わず聞き返してしまう。鞄から財布を出した覚えは、ない。あからさまに目をそらして口笛を吹くザップをジトッと睨み、低い声を出した。

「……何ですか、嫌がらせですか」
「ンな訳あるか馬鹿チビ! キッカケだろキッカケ!」
「え」

アユの脳裏に浮かんだのは、いつぞやのお悩み相談室で、ザップがアユに与えたアドバイスだ。

『軽ーいキッカケさえありゃ、打ち解けもするだろ』

アユは、今度はまじまじとザップを眺めた。彼女の鞄から財布を抜き取って病室に置いたのは間違いなく彼だろう。普段なら許し難いと罵るが、今回はクズ先輩にしては珍しい善意あっての行動。人は見かけと、日頃の行いにはよらないんだ!

「ザップさん、株が5から7に上がりました」
「上がったの2かよ! たったの!」

てか5から上がってなかったのかよ! ザップが張り上げた声が、廊下にこだました。


完全に、タイミングを逃した。
スティーブンは、一人残された病室のベッドの上でがっつり落ち込んでいた。本来一番アユを褒めて、ありったけの感謝の言葉を述べるべきなのは俺だ。それなのに、あまりにも冷たすぎる。上司として、いや人としてどうなんだ? 今までは俺の方が一方的にアユを避けていたが、これからは彼女の方がすすんで俺のことを嫌い始めるだろう。そうなってしまえば全て終わりだ。関係は永遠に、改善されることは無い。

「馬鹿だったのか、俺は……」

エドラッデの時は、急を要する事態ということもあって気まずさも何もかもふっとばして会話(作戦通達? 業務連絡? 事務的なものか、命令だ)した。しかしすべて終わって再び落ち着くと、時計を買った日のようにフラットに話しかける機会も無く、エドラッデの時のように上司と部下としててきぱき会話するような内容がある訳でもなく。結局今まで通り素っ気なくするしかなくて、俺はこんなに小さい男だったのかと、スティーブンは涙は出ないながらも泣きたい気持ちになった。
メンバーが帰った後と何ら変わらない姿勢でぼーっと座り続けていたスティーブンは、カチャリ、と病室の扉を開ける音を聞いた。

「……お、お邪魔しまーす……」

なんと部屋に入ってきたのは、スティーブンのここ2ヶ月の悩みの種、罪悪感の種……アユだった。
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