06.
「あ……!? つッ!」
ボタボタと彼の両目から血が滴り落ち、突然のことに思わずよろめいた体をアユが無理やり支える。一瞬で最高レベルまで意識を研ぎ澄まして、パン! という破裂音と共に結界を外し、それと同時にザップとツェッドが構える。
「斗流血法……!」
カグツチ、シナトベ!
紅く光る刃と槍がそれぞれ大きな扉と壁を襲い、当てずっぽうに見えなくもない形で刺し傷を残していく。
「スティーブンさん! 見えますか!?」
血だらけの目を押さえるスティーブンに、アユは声をかけ続けた。うう、と暫く呻いていたスティーブンだったが、「大丈夫、見えないけど」と言って何とか立ち上がった。
「ッア〜惜しかったぁ! グルズヘリムのお嬢様がいなきゃあ、今頃頭ふっとんでたのに!」
ゲラゲラ笑うググをキッと睨みつけるが、最弱の結界さえ手放したアユに出来ることはそれ以外にはない。スティーブンがアユの横で、ググに聞こえないくらいの音量で囁いた。
「奴を僕の前まで誘導してくれ。狼狽してるように演技する」
今の君には酷だが、できるか? 両目が見えない状態で戦うというのは相当なリスクを負いかねないが、四の五の言っている暇はない。斗流兄弟は壁という壁を斬り付け、突き刺し、壊しているため、ググの方にまで手が回らないようだ。
「わかりました。ググは建物の幻影魔術に殆どの力を費やしていますから、生身での戦闘能力はほぼ皆無です」
アユがそう返した直後、スティーブンはぐうう、と両目を塞いで床に膝をついた。血が止まらず、カーペットに染みを作っていく。
「……魔術師ググ・ベロドラージュス・ゴドヴネラ。グルズヘリムの私と、一対一で勝負よ」
そんなことは出来るはずが無い。が、そうでも言わなければ奴はここまで飛んでこない。
「勝負ゥ!? アッハッハッハッハ!! ご冗談を! 今の貴女に出来ることは、大人しく私に連れ去られて良いように使われることだけだ」
「それはどうかな?」
そう言って、アユはとびきり余裕のある笑顔を見せた。そしてググを真っ直ぐ指差し、こう言った。
「実は私、グルズヘリムの中でも一級品の才能の持ち主でね。”間隔を空けて”魔法を使うことができるんだよ。意味わかる?」
「はっ!! 大層な嘘だなァ!? そんな神業、たかがヒューマーごときに出来るはずが無い!!」
「そう、だから皆は私のことをこう呼ぶ……もはやグルズヘリムですら、無いってね」
にっこり笑って、アユは詠唱を始めた。その横で目を押さえて蹲っているスティーブンを目を動かさずに確認し、ググに向けて、最後にひと押し。
「終わりよ、ググ」
掌に何か乗せたようにして、アユがふっ、と息を吹きかけたその時。
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!」
ググが物凄い勢いでアユの目の前まで飛んできた。
「愚か者めがッ!! ”真間隔魔法”への対処方法はただ一つ!! 距離を詰めることだということを忘れたか!!」
「エスメラルダ式血凍道」
アヴィオンデルセロアブソルート!
低い声と共に発生した氷は一瞬にしてググ を包み込み、キン!と高い音を立てて文字通り”氷像”に変えた。
「ぐ、あ”……貴様、気を”失っだばず……!」
「大概にしろ」
エスパーダデルセロアブソルート!
氷の剣が魔術師の身体を貫き、あっという間に事切れた。その瞬間、建物に張り巡らされていた無数の幻影魔術が霧散し、直後に爆音と共にクラウスが4人のもとへ飛び込んできた。
「4人とも、怪我は……!! スティーブン!」
「っ、ああクラウス、大丈夫。見えてないだけだよ」
どうやらザップとツェッドは壁に傷を付けながら外のクラウスに居場所を教えていたようだ。しかし幾重ものググの幻影魔術が行く手を阻み、義眼を使って外から解析しようとしたレオナルドは、その難解さ故に熱発してしまったらしい。
「このでかい扉の奥だ、クラウス。おそらく建物の”心臓”があるからすぐに破壊してくれ。僕らは最短距離を通って此処を脱出する」
しばらくしないうちに、ツェッドが目の見えないスティーブンを担ぎ、ザップはアユを担いで、クラウスが外から壁を突き破ってきた場所を通り脱出した。その直後、建物中心で何かが光り、周囲に轟音が響いた。屋根から崩れ落ちていく建物から、程なくして大男が帰還し、作戦は終了。
本部、取締役、魔術師を失った異界人組織の下っ端共は散り散りになって逃げ出し、”エドラッデ”は事実上解散(崩壊といった方がいいかもしれない)したのだという。
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