03.
「おいアユ、飯食ってこうぜ」
アユの初めての出張は、それなりに上手くいった。本部から指定を受けたのは、HL内に無数に用意されているライブラの”隠れ家”のうち、特にエギンによる侵食が著しい数件で、それぞれに一番効力が長続きして、なおかつエギンが侵入する前に張り替えを要する基本型の結界を張った。移動中も怪しい魔の手が伸びることは無く、アユは初回にしては上出来だったと満足していたところだ。
「え? お昼とっくに食べちゃいましたけど」
「ばーか俺がまだなんだよオラ、ダイナー行くぞ、お前の奢りな!」
護衛代! と言われてしまえば、返す言葉もない。何のかのと言っても引き受けてくれたお礼をしようとは思っていたから、丁度いいか。連れて行かれたのは、ランチトリオがよく訪れているらしい、ダイアンズダイナーだった。
「よっ、ビビアンちゃーん」
「おう、いらっしゃい! ……と、そっちは?」
「あー、この前話してた職場の新入りっつーか」
ザップにビビアンと呼ばれた快活な女性がカウンター席まで二人を案内し、アユにも「ジャパニーズの女の子な? よろしく」と笑いかけた。アユの方は、ザップが奢りに乗じてどんなドカ食い注文をしてくるかわからないと戦々恐々だったが、彼は大ハンバーガーとコークのみという予想外にシンプルなチョイスで、少し拍子抜けした。アユもブレンドコーヒーを頼み、ビビアンに自己紹介をする。
「にしてもちっこいな〜! ザップお前、まさか手ぇ出してねーだろうな?」
「ひょーはんよへっへ! ほれふぁふぉーんなひんひくりグッブホッゴホッ……相手にするわきゃねーよ……」
盛大にハンバーガーを頬張りながら喋ったせいで噎せたザップが、苦しそうに答えた。アユも「それは確実に無い」という顔をしておいた。
「ザップさん、お金払わないのをいい事に好きなだけ食べるんだと思ってました」
「お前俺の胃袋どんだけでかいと思ってんだ? この腰の細さを見よホラ」
捉え方によってはセクハラにもなりうる言葉に、いやいいですと断っておいて、アユはつい最近思っていたことを口にした。
「スティーブンさんも、ザップさんまでとはいかないでも、多少はくだけてくれたらいいのに……」
「は? なんでここで番頭が出てくんだよ」
しまった、つい、と手で口を覆うと、ニィーヤァアと憎たらしく笑みを浮かべたクズがこちらを見てきた。よりによってザップさんに、悩み相談することになるとは。
「ほぉーお……つまりお前は、スティーブンさんに避けられてる気がしてならねぇと」
「まぁ……そうですね、はい」
全部話しちゃったー!! なんてことだ。爆笑されて、あっさり本人に告げ口という最悪ルートが目に見えて、アユは頭を抱えた。にしてもこのザップ、こういった面倒な話にはてんで興味が無さそうであるのに、やけに親身になってアユの相談に乗ってくれた。もしかしたら、もしかするかもしれない。
「他の皆さんと同じ位には仲良くなりたくて、色々頑張った時もあったんですけど……」
「まァーなぁ、魔法をバンバン目の前で使う訳でも無し……人間ってもんはよぉ、頭では理解してても自分で目にしねぇ限りどーにも信じられねぇように出来てっからな」
やっぱり原因はそこにあるのだろうか。しかしスティーブンは、あの時アユに謝ったではないか。君の力を過信していた、悪かったと。そもそもこんな街で、「目にしなきゃ信じられない」が通用するのかさえも怪しい。
「最近はそこまであからさまじゃないんですけど、なんかこう……ブランクがあったせいで逆に近寄り難くて……」
「番頭な〜嫌いな奴にはとことん冷たくしそうだかんな」
「ぐっ……や、やっぱり嫌われてるんですよね? どうしたらいいんでしょうか?」
ザップはズゴーッとストローでコークを飲み干して、軽くゲップした。女子の前で見せるものなのかと一瞬引いたアユだったが、もはや彼以外の人間に悩みを打ち明ける訳にもいかず、すがるようにザップに助けを求めた。ザップはあー……とある程度考えてから、口を開いた。
「それはねぇんでねーの?」
「え、そうですか?」
「本気で嫌ってはねーだろ。そもそもこんなチビの事をそこまでして嫌う理由もねーし。軽ーいキッカケさえありゃ、打ち解けもするだろ」
予想外に良い返答に、アユは目を輝かせた。そして、まともに話に乗ってくれたザップをかなり見直した。
「……ンだよ」
「いや、この数分でザップさんの株が0から5くらいに上がったんで」
「5かよ! たったの!」
てか今まで0だったのかよ! アユの髪をぐしゃぐしゃと掴みながらザップはぎゃーぎゃー騒いだ。ビビアンが「うるさいなー」とアツアツのコーヒーをぶっかけたところでようやく静かになり、アユはぼさぼさになった髪を手櫛でときながら改めてザップにお礼を言った。
「次の出張の時も奢りますよ、ありがとうございました、ザップさん」
素直にそう言われると、照れてしまうのもザップである。顔を変に歪めて、調子を狂わされたようにあ”〜! と叫んで席を立ち、どかどかと歩き出した。アユも会計を済ませて、ニコニコとその後を追った。
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