02.
「……んで、俺がこのチビのお守り役って訳っすか」
シャレになんねぇ……と嫌そうな顔を通り越して真顔でスティーブンに抗議するのは、ザップである。アユは、嫌なのはザップさんだけじゃないんで……と心の中で呟いておいた。
「お前がいれば大抵のことは大丈夫になる。それとも、これ」
俺の代わりにやるか? と言って、スティーブンは自身のデスクにそびえる書類のビル群を指差した。同時に周囲の温度が数度下がる。
「これは最優先事項じゃない。緊急招集がかかっていない時、お前に単独任務が入っていない時、お前の本来のペアであるレオナルドがバイトでライブラにいない時。この条件が揃えば、ザップ、お前はアユの護衛をする」
結構しょっちゅうあるわ〜とげんなりして、ザップはちら、とアユの方を見た。お願いします、ザップさん。役に立ちたいんです、暇な時でいいんで、付き合ってください! そういう目とジェスチャーで、彼女は必死そうに懇願していた。
「っはァ〜〜〜〜」
ザップはこう見えて、面倒見のいい先輩でもある。そしてなけなしではあるが、上司の命令(脅し)は絶対というポリシーも掲げている。というかそれ以前に、有無言わさない雰囲気のアンタがこえーですって、スターフェイズさん……
「わ! か! り! ましたって……おらチビ、行くぞ」
頭をガシガシとかいて、あーくそ! とありったけスラングを吐きながら、ザップは嬉々とするアユを連れて事務所を出ていった。
「……ふぅ」
何とかなったな。スティーブンは半ば強引に、ザップに護衛役を押し付けていた。構成員、なおかつ戦闘員という条件となると、役をこなせる人間は限られてくる訳だが。スティーブンもそのくくりに入っていたため、正直焦っていた。もう意識的にアユを逃避することもやめようと決意してはいたが、どうにもうまくいかない。笑みを零してしまえば、同時にコーヒーを零してしまうようになっていたのだ。仲良くしようにも、出来ないのである。だから今ちょうど、自分のデスクに仕事が沢山積み上がっていることに喜びを感じていた。こんな気まずい状態で、護衛などできるわけがない。
(子供みたいだ)
それも、厄介な子供。仲直りの仕方がわからないなんて……喧嘩をしたわけではないけれど。どうしたものかとスティーブンが頭を悩ませていると、ガチャ、と温室側の扉が開き、ツェッドが顔を出した。
「アユさん、ちょっと……あれ?」
先程まで話し声が聞こえていたから、てっきりいるものだと思っていたのだろう。どうやらアユに話があるらしかった。そしてその腕にはCDやらレコードやらが抱えられていた。
「彼女なら丁度、ザップと一緒に”出張”に出たぞ。急用か?」
「あ、いえ特にそういう訳では……」
最近アユは、ツェッドと仲良さそうにしている。真面目同士気の合う所も多いのだろう。彼女一人だけが有する”真の才能”と、ツェッド一人だけが抱える悩みとで、共鳴する部分もあるのだろうか。スティーブンはそれより、ツェッドが手にしていた数枚のCDとレコードが気になった。
「……その、CDやレコードは何だ?」
ぎく、とあからさまに反応したツェッドは、サッとそれを背後に隠した。生真面目な彼のことだ、恐らくこれは、アユと二人だけで共有している隠し事。
「大したものではないです……ってあ! スティーブンさん!」
ツカツカツカと大股でツェッドの元へ歩き、グッと背後に回って1枚のCDを鷲掴んだ。そこには「Sing Green」の文字。
「……これは、最近巷で有名なセラピーソングか……?」
しまった、これはしまったと冷や汗をかくツェッドに、スティーブンは問い詰めを始めた。
「日本人女性シンガーのアルバムだな」
「……はい」
「ヒューマーもビヨンドも癒されるという」
「……はい」
「確か世界中の童謡や映画を元にしている」
「……はい」
「これをアユに渡して、どうするんだ?」
「………」
黙秘権の行使。そう言わんばかりに上司に対してそっぽを向くツェッドは大変珍しい。あらかた見当はつくのだが、半ばヤケになってツェッドに迫った。床がピキピキと音を立てて凍っていく。
「ツェッド」
「う、歌ってもらおうかと思いまして」
やはりか。ツェッドはアユさんごめんなさいという顔をして、仕方なしに話し始めた。
「……彼女、あれ以来寝る前に、温室で1曲歌うようになっているんです……レパートリーが無いと言っていたので、これでよければと思いまして……」
「すると何だ、お前は毎晩、彼女の歌を聞いていると」
なんとも形容し難い感情に襲われて、スティーブンは硬直するツェッドを開放し、心を無にしてデスクに向かった。
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