Magic Green!!!本編 | ナノ
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06.

あれから数日。ようやくK.Kとチェインがアユのことを”歌姫”と呼ばなくなりはじめた夜のこと。

「……こんばんは、ツェッドさん」

温室のドアを開け、いそいそと少女が室内へ入ってきた。水槽の中のツェッドに一度会釈して、植物達にも小さく声をかける。

「毎晩すみません。あれ以来、みんな味を占めたみたいで……すぐ終わりますね」
「いえ、お構いなく。僕が聞きたくて聞いているというのもありますし」

今日は何の歌を歌って下さるんですか? と聞くツェッドに、いやいやいや、と恥ずかしそうに笑いながらアユは答える。あの日以来アユは、メンバーが帰宅した後に事務所の最終チェックを全て済ませて、眠る前に温室に立ち寄るようになっていた。彼女の言う通り、温室の植物達はアユが扉を開けるたびに歌って欲しいと声をかけ続けていたのだ。

「元々歌うタイプじゃなかったので、レパートリーはそんなにないですし……申し訳ないですけど、初日と同じ歌で」
「……”遠き山に日は落ちて”でしたっけ?」
「え、知ってるんですか!?」

アユは、日本の童謡のタイトルがツェッドの口から出たことに驚いた。メロディは世界的に有名なものだから、ライブラのメンバーも知っているかもとは思っていたが。

「あの後、少し調べてみました。英語訳も出てきて……綺麗な歌詞ですね」
「さすがツェッドさん。真面目だ」

アユさんの方が真面目ですけど……ツェッドはそう思いながら、どうぞ始めてください、とジェスチャーを送った。微笑んでそれじゃあ、と控えめに歌い始めるアユの様子を、ツェッドは毎晩見ている。アユが歌う時、目を閉じることや、歌い終わってから「ごめんね」と呟くこと、たまに英語の歌を歌うことを知った。毎日数分間だけ、瞳を閉じて歌を紡ぐその瞬間だけ、彼女は人を生かしも殺しもする、天賦の才能を秘めた守護魔導士ではなく、全てに恐れおののく少女になるのだということに、ツェッドは気付いていた。

(今日の業を、成し終えて……)

アユは強い少女なのだと、この1ヶ月で誰しもがそう思った。恐らくそれは真実だが、それでもまだ年端の行かない女の子でもある。1日の全ての仕事を終え、怖いけど、辛いけど、また明日頑張るために、今日は安らかに眠ろう。まるで、彼女のような歌だ。

「……ごめんね、この前と同じ歌」

そう呟いて、草木に一言二言話しかけた後、ちらと後ろを振り返ったアユに、ツェッドはふと、前から思っていたことを訪ねてみた。

「アユさんみたいに、草木と話ができるロロカリアン……というかグルズヘリムは、今までいたんですか?」

いつの日か、アユが草木と意思疎通を図れることこそが、”真の才能”なのだとスティーブンが言っていた。

「……いえ、それがいないみたいで。たまに、思うんですよ。もしかしたら私、グルズヘリムですらないのかも……って。この境遇を理解し合える仲間が一人もいないんじゃないかと思うと、寂しいです……」

いや、たまに! たまになんですけどね! へらへらと笑ってみせるアユに、ツェッドは半ば叫ぶくらいの勢いで同意した。

「わかります! わかりますよ!!」
「え!?」
「あ、いえ……! 僕も、同じ種族の者が一人もいないので、誰とも理解し合えないっていうところが、とてもわかるといいますか……」
「!」

そうだった。ツェッドは、「伯爵」と呼ばれる血界の眷属によって”造られた存在”。ヒューマーでもビヨンドでもない、ただ一人の種であった。

「……すみません、私よりツェッドさんの方がずっと大変ですよね……」
「確かに一時期悩みましたが……この街にはそういう生物は沢山いますし、それに何より、ここの仲間が僕のそういう事情をわかってくれました」

だからアユさんも、寂しくないですよ。

見た限りでは無表情だが、恐らく微笑んでくれているのだろう。気配り心配りというのが、どこぞのクズと違って完璧である。

「やっぱりツェッドさん、優しいですね」
「辛い事があったらいつでも話し合いましょう。アユさんもライブラの仲間なんですから」

そして真面目だ。アユは水槽で歌を聞く者がツェッドでよかったと心から思った。アユが毎晩歌っているということを、誰にも話さないし、相談にまで乗ってくれるという。実際、夜はこの事務所にいるのはアユとツェッドだけなのだが、アユが怪しい心配をしたことは一度もない。ツェッドは初対面の時から、ずっと信頼できる存在だったのだ。
アユは一瞬、スティーブンのことについて話してみようか、と思ったが、いやいやそれはちょっと話した後ギクシャクしすぎるかと頭を振って、「おやすみなさい」と笑って温室を後にした。

To be continued…
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