05.
とりあえずお目当てのサブウェイが、ザップ曰く”飯テロ”現場からは割と離れた位置にあったため、レオとアユはそこに運ばれて待機。ザップはスマホで何やら連絡を取っている。多分相手はスティーブンだろう。
「いいですか。”飯テロ”というのは、美味しいものをいっぱい見せられてお腹がへることを言うんであって……」
決してあんな、空飛ぶ巨大なタンドリーチキンがビルを破壊して回ることじゃありません!
アユは運ばれていただけなのに、真横を掠めていくガレキを目にし続け心労が重なり、サブウェイに到着したころにははぁはぁと息を切らしていた。レオはこういうことに慣れてしまったのか、アユほど憔悴はしていない。それどころか義眼を使ってタンドリーチキンの分析を始めている。
「アユさん、落ち着いてください。ここでは日常茶飯事じゃないですか、こんなこと」
「そーだぞおめー、しかもありゃどう見ても”飯がテロってる”じゃねぇか。これぞ”飯テロ”だろ」
「うう、認めたくない……」
通話を終えたザップが口を挟んできたが、その間にもアユはちらりと上空を舞うタンドリーチキンを一瞥し、両手で目を塞いだ。
先程からタンドリーチキンと説明されるそれは、厳密に言えばタンドリーチキン”のようなもの”である。タンドリーチキンは、そのカリッとしていて今にもかぶりついてしまいたいタレのかかった表面から骨ばった足やどす黒い羽を広げないし、真っ赤な口内を晒さない。恐るべしHL。食べ物を粗末にしてはいけないという最重要事項を大崩落前の紐育に置き忘れてきてしまったのだろうか。
「とりあえずスティーブンさんからの命令だ、あのレベルなら俺と魚類で叩けるらしい……ってまたお前とじゃねぇか!」
やってらんねぇ! と吠えるザップを無視して、ツェッドはレオからタンドリーチキンのようなものの弱点を教えて貰っている。
「中心にだいぶ大きな心臓があります。血法で思いっきり突き刺せば一発で仕留められますよ」
「ありがとうございますレオ君。何ぐだってるんですか行きますよ」
「いやーだぁ生臭くなるー! 俺一人でやっつけちまうもんなー!!」
そう捨て台詞をはいて猛ダッシュでタンドリーチキンのようなものに向かっていったザップの後を、ツェッドが呆れ顔で追っていく。残された二人は、サブウェイの店の前で様子を見ることにした。斗流兄弟がタンド(以下略)と盛大にやりあっているのを遠目に観察しながら、レオは先ほど言いかけた言葉を口にした。
「アユ、その常に全身に張ってる結界は、他の人間には害をなさないの?」
「全く無い訳ではないんですけど、これがグルズヘリムの中でも最弱の結界なので周囲の人は自身の不調に気付かないんです。ただ……」
「ただ?」
「牙狩りのような、対BB用に血を使う人達が付近でそれを行使した場合は、この結界ですらも多大なノイズになりますから外さないといけません。普段無意識で発動させている分、意識して解除したり再発動させたりっていうのは、かなり負担がかかる作業になるんですけどね……あれ?」
なるほど。つまりアユは、ライブラの戦闘員と共に前線に出れば、自身の身を守る唯一の結界を外す必要に迫られるということだ。彼女は事務所の守護魔導士であるから、そんな事にはならないと思うが。
「どうかした?」
「いえ。なにか違和感があったんですけど、いいです。さっきレオさんが言いかけてたことが気になったのかも」
「あぁ、それなら俺も言おうと思ってたんだ。なんだっけ……その一番弱い結界? なら、周囲の人間は何も感じないわけじゃん?それってグルズヘリムの短所の克服に貢献できないのかなーってね」
「残念ながら、それはできないかと」
アユは初日にレオに見せたのと同じ、寂しそうな笑顔を浮かべて、話し始めた。
グルズヘリムは本当に特殊で不可解な体質だ。HLの出現後さらに加速度的に発展した現在の魔法学は、牙狩りに関してはほぼ不可能はないと言わしめるほどにまで高等なものになっている。しかしその魔法学をもってしても、グルズヘリムの短所の克服は成されていない。ロロカリアンによって研究は続けられているが、正直成果は殆どあがっていないのだ。
「普通は諦めて全部受け入れるしかないんです」
確かに最弱の結界は、人に体調不良を感じさせない。しかしそれ以上のものは、力の強さに比例して周囲への害を増やしていく。数百年前から存在している特殊体質。それを得てしまった誰しもが、諦めの中でその生を終えていったのだ。
「……でも私は、まだ諦めてないのかも」
「え?」
「ここに来て最初の頃は、皆さんに迷惑をかけるだろうなってことばかりを気にしてました。けど……よく考えたら、ここに来るまでの私は、それはそれは試行錯誤を繰り返して、何とかしてグルズヘリムの短所を克服しようとしていたんです。結局何やってもダメだったけど、それでも続けていた私は諦めてなかったってことでしょう? あの時の気持ちは、きっとまだ残ってるから……それにHLを訪れたグルズヘリムは、私が初めてです。この街の何かが、グルズヘリムを救うかもしれないじゃないですか」
ここに半月もいれば人は前向きになれるんですね。
先程までの寂しそうな顔はどこへやら、彼女は目を細めてにっこりと笑って見せた。レオナルドはアユを心底凄い女の子だと思った。身内から疎まれ、憧れの職に就くことはおろか近寄ることさえ良く思われず、それでもなおまだ諦めていない。
「……光に向かって一歩でも進もうとしている限り、君の魂が真に敗北することは断じてない」
「え?」
「受け売り。クラウスさんのね。アユにはこの言葉がぴったりだ」
彼女はいずれ、自身を救い、グルズヘリムを救うだろう。このHLで、僕らがその手伝いをできればいいなぁ。そんな風にレオナルドは思った。
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