07.
『君が負い目を感じることじゃない』
スティーブンが勧めた女の子の好きそうな時計があるらしい雑貨店へと向かう道中、アユは彼が先程かけてくれた言葉を思い出していた。吸血鬼だと言われたこと。恐らく聞かれていたのだろう、木に教えてもらって振り返った時、背後に立っていた彼はまるで自分がそう言われたかのように辛そうな顔をしていた。ひとまわり年上のハリウッドスターみたいな男前上司に、盛大に同情されてしまった自分の方は、あの時どんな間抜けな顔をしていたのだろうか。想像するだけでも恥ずかしい。
(そんなことを言われましても……)
”グルズヘリム”であるということは、ロロカリアンとして、シャミアニードの一員として、牙狩り一族として。全てにおいてアユに耐え難いほどの劣等感を植え付けていた。正確には、周囲によって植え付けられていたのだが。
母や祖母は、私の内面や真の才能(そう言われてもにわかに信じ難いけれど)を評価して、ずっと変わりなく愛してくれた。でもそんな人は本当に一握り。文字通り吐くほど守護魔導の修行に励み、同年代のロロカリアンの中でも誰よりも辛い思いをして、”グルズヘリム”を克服するために奮闘したつもりだった。それでも、必死でもがく私を見る目はいつまでも冷たいままで、大きく高い、超えられないし壊せない”障壁”が、私と彼らの間に聳えているのだと知った。
『どうしようもないくらいに、生まれつきの代物だ』
(”生まれつき”という事自体が、罪)
この人は私のことを、物凄く気遣ってくれたのだろう。何と声をかければいいか、どう言えば傷付かないか。スティーブンが歩いて来たのであろう道を辿って戻る時、近くで風に揺れていた木や花が、アユに先程までの彼の様子を囁いていた。
『いわば個性の一つだよ』
(ごめんなさい。こんな個性、いらないんです。スティーブンさん)
彼がアユの目の前で使った美しい氷の技。古い記憶の中で私に微笑んでいた女性は、もしかしたら彼の師匠かもしれない。私は、彼らの優しい冷気を粉々に打ち砕いて、立ち上がることさえままならなくなるまで苦しめることができる。アユは心底恐ろしくなった。あの氷を、失いたくない。
「スティーブンさんって、」
「え?」
考え事をしていた筈なのに、気付いたら何故か声を出してしまっていて、アユは自分でもびっくりした。今の今まで黙りこくっていたアユが突然自分の名前を呼んだので、スティーブンは不思議そうに少女を見つめた。
「あ、えっと」
とりあえず、思っていたことを言おう。嘘じゃないし。美丈夫にじっと見つめられると何だか照れくさくなってきて、アユは頬をピンクに染めて口を開いた。
「なんか……誰よりも、優しいですね」
スティーブンは一瞬目を見開いて、すぐ前の方に向き直った。お目当ての雑貨店に到着したらしい。
「そりゃ、どうも」
*
「……これ、かわいい……」
「いいね。買う?」
「う〜……よし! 買います! すぐ済ませてきますね、ちょっと待っててくだ……あ! スティーブンさん!?」
「僕が払うよ」
「いやいやいや! これ以上ご迷惑おかけする訳には……」
「いいよ。出世払いってことで」
(あと、色々お礼に)
To be continued…
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