05.
スティーブンがたどり着いたのは、ライブラの事務所からほど近い、広めの公園だった。レオナルドがよくここで異界の友人とバーガーを食べている、とザップから聞いたことがある。緑が多い公園で、ちょうど昼ごろということもあり、ピクニックのようにお弁当を広げ会話に花を咲かせている者が多い。お目当ての少女は、到着してみれば案外早く見つかった。一本の木が、ベンチに腰掛けているらしいアユに寄り添うように揺れていた。
スティーブンは彼女の背後から、慎重に近寄った。もし泣いていたら、今度は全力で慰めてやろう思っていると、アユが小さく呟いた。スティーブンには気付いていないらしい。
「いつだったかな……」
泣いてはいないようだ。少し強い風が吹いて、ざぁざぁと木が音を鳴らした。
「もう随分昔……ロロカリアンの男の子に、お前の方が吸血鬼なんじゃないかって、言われて」
その言葉を聞いて、スティーブンは足を止めた。
「その時ばっかりは、その子はすごく怒られて、後でちゃんと謝ってくれたの。でも……」
そう言われても、仕方ないね。
ザザザザザ、と木が激しく揺れた。スティーブンはそのまま、彼女の後ろに立っていた。えっ、とアユが木の方を向いて、恐る恐る後ろを振り返った。
「す、すてぃーぶん、さん」
「……君が、」
風がどんどん強くなっていく。遠くの方で揺れる白い物に気付かないまま、スティーブンは続けた。
「君が負い目を感じることじゃない!」
風に負けないくらいに大声を張り上げたその時。ブブブ、と音を立てて風によって正面まで迫ってきた巨大な白い塊に、何の音かと振り返ったアユがはじき飛ばされた。
「アユ!」
一瞬宙を舞ったアユは、運良くスティーブンの方へと飛んできたため、何とか両手ので彼女を抱きとめる。
「うぶっ……すみません、ありがとうございます!」
何が起こったのやらわからないが取り敢えず助かったとお礼を言い、二人で凶悪なまでに膨れあがっている白い塊に目をやった。
「ななな何ですか、あれ! ビヨンド!?」
「ああ、恐らく……ホワイトビーダムだな」
今やすっかりスティーブンとアユの視界を殆ど覆い尽くしてしまっているそれは、よく見るとぶよぶよとした空気が入っていないゴム風船のようであった。さほど厄介な相手では無いが、これに包まれるとまずい。そう言ってスティーブンは、アユを降ろし、少し下がっているように言った。
「大丈夫、動きを止めれば一発だ。君はそこから動かないで」
「あの……」
「話は後だ。面倒な事になる前に凍らせよう」
凍らせる。アユはハッとした。牙狩りの中でも随一の力を持つ、美しい技。母が共に戦ったのだと話していた、優しい冷気を纏ったハイヒールの女性。そしてスティーブン・A・スターフェイズ。
「エスメラルダ式血凍道……」
エスパーダデルセロアブソルート!
彼がホワイトビーダムと呼んだ白い塊は、刺すような冷たさの中で、その動きを止めた。
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