Magic Green!!!本編 | ナノ
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「#幼馴染」のBL小説を読む
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05.

「"また"かい? ハインリヒ」
「はい。これで6度目です。警備の強化は怠っていないはずなのですが……」

真っ白な秘密結社「シャミアニード」の最上階に、ゲルダ・ディートリッヒがいた。彼女がベルリンからわざわざこのHL支部までやって来て、孫のハインリヒを呼び出したのには訳があった。

「……いやはや、中々陰湿なものさね」
「申し訳ありません。僕の落ち度です」
「ハイン、お前の? ほほ、そんな風に考えたことはないよ、これはシャミアニード全体の……いや、それ以上の問題じゃ」


シャミアニードの管轄下にある場所に保管してある"魔減剤"が、またしても何者かによって盗まれた。構成員による厳重な警備の他にも、何重にも張り巡らされた監視カメラ・赤外線センサー・結界・守護魔導・魔幻術が難なくかいくぐられていることから、内通者がいるのはわかりきっていたが、手がかりがどうにも掴めない。

「むしろお前さんはしっかりやってくれているよ。リーダーらしく、ね」
「……ありがとうございます」
「ライブラの方にも協力要請はしておる。双方が連絡を取り合って慎重に、かつ迅速にことを進めねばな」
「数名は既に捕らえています、しかし全員、『既に盗み出されている魔減剤』を流す役割の人間で、肝心の『魔減剤を実際に盗んでいる犯人』の特定が出来ていません」
「捕まった者達もそう簡単に話してもくれまい。魔法を使えばあるいは……いやどうじゃろうな。仮に可能であったとしても、我々は互いに誇り高いロロカリアン。そしてその誇りがまた、火種を産んでいくのじゃ」


−−なんとも難儀なことよ。

ゲルダ婆はそう言って力なく笑った。この偉大な祖母には、全て見通されていたのかもしれない。ハインリヒはそう考えて背筋に嫌な汗を伝わせた。
スティーブン・A・スターフェイズに白い部屋での様子を目撃され諭されてから、ハインリヒはあの部屋には足を踏み入れないということを決めた。ロロカリアンとして、シャミアニードとして、この街を生きる真っ当なリーダーとしての誇りを失いかけていたハインリヒを、白く暗い部屋から引きずり出したあの男。彼は今この時も、どこか別の空間で戦っているのかもしれない。

しかし、仮にハインリヒがあの部屋に留まっていたとしても。最早「捉える」だけではどうにもならない所まで来ている。シャミアニードの仮牢など、近いうちに魔減剤を流そうとしている裏切り者だけで埋まってしまうに違いない。かといって全ての構成員にこのことを話してしまえば、この数年間特に慎重に培ってきた信頼関係が揺らぎかねない。ロロカリアンは誇り高い種族であると同時に、疑り深く差別的な種族でもあるのだ。−−少数派のグルズヘリムを蔑み、省くように。

そして確実に無関係では無いだろう、牙狩り本部とアユの問題。今現在で、組織と真っ直ぐに渡り合える人間は、この場にいるゲルダ・ディートリッヒのみ。ハインリヒ・ディートリッヒも、クラウス・V・ラインヘルツでさえ、若すぎる。しかしゲルダ婆も、もう老齢だ。アユの"引渡し"をどこまで拒み続けられるか。時間の問題である。

「マダム……いえ、おばあ様。僕に出来ることがあれば、言ってください」
「おやおや、孫に世話を焼いてもらえるとは。長く生きてみるものじゃのう」
「……僕は……未熟者です。それでも……! 貴女のお力になれるなら、アユを守れるなら……なんだって……」
「ハインリヒ。お前の悪いところは、すぐにそうやって『何でもしようとする』所じゃないかい?」
「……!」
「長たるもの、いつだって冷静に、落ち着いて。リーダーにはありとあらゆる仕事をこなせる基質は必要不可欠じゃが、真のリーダーとは己のできること己でをせず、させる人間のことを言うのじゃ。いい意味でも、悪い意味でも。知らぬくらいが丁度いい。あのラインヘルツの三男坊を参考にしてもらいたいのう」

ゲルダ婆はそう言って微笑んだ。スティーブンと似たようなことを言う祖母の言葉に、ハインリヒは俯いた。
あの白い部屋の事を忘れると決めた今でも、あの場所を使えばできることはあるかもしれないと、どうしても考えてしまう。ハインは本心から「自分」という人間を誇りに思っているからこそ、自身の心を削ることが出来るのだと、そう思い続けている。
シャミアニードのリーダーとなる未来を約束された今だからこそ、ハインリヒは迷う。決してクラウスを非難する訳ではないが、このまま後暗いことを何も知らずに、目を向けることさえも忘れて生き続けることが、大切なものを守ることに繋がるのか。遠くない未来に自分の隣に立つかもしれない腹心の友や部下を、黒い非道に染めることを、正義と呼ぶのか。

笑顔を見せることなく俯いたままのハインリヒの黒い瞳を覗き込んで、ゲルダ婆はいつもよりもずっとゆるやかに目を細めた。

「……勿論、お前にしかできないことは沢山あるよ、ハインリヒ」
「おばあ様……」
「この若さで、この場所に立って……驚くべきことさ。アユは500年に一度の逸材だといつか言ったことがあるが、それならばハインリヒ、お前だってそうじゃ。今この時が、ハインリヒ・ディートリッヒの正念場じゃよ」


ふふふ、と口角を上げて、ゲルダ婆はハインリヒの様子を伺うようにお茶目な上目遣いをしてみせた。


「……はい」

ハインリヒは、伏せていた目線を上げ、ゲルダ婆を真っ直ぐ見つめた。今自分がすべきことは、これから先の遠い未来を悩むことではない。もっと近い将来にやってくるであろう波乱に立ち向かう為に。自分の才能を使えるだけ使って、アユを守らなければならない。
迷い、それでも芯を持った様子ハインリヒを見て、紫のゆったりとしたローブをふわりと纏った痩せた老女は、「それでいい」と言ってまた、笑った。
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