Magic Green!!!本編 | ナノ
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「#幼馴染」のBL小説を読む
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03.

その場所は、彼以外誰も知らない筈だった。

黴臭い地下道を抜け、死んだように生きている者達の住処を横切り、黒く染まった魂が彷徨う暗闇の空洞を突っ切った先にある、白い部屋。無菌室の様な絶対的な清潔感の中に毎度連れてこられる連中は、最初は必ず虚勢を張り、暴れ、抗議の声をあげた。しかし気の遠くなるほどの拷問を受けるにつれて、本当の恐怖は彼らが行ってきた「悪事」ではなく、今目の前に立っている「とある人間」の中にあるのだということを思い知らされる。事実を話すだけの肉塊となり果てる未来を約束された彼らは、やがて全てを捨て、今までの自身の人生に思いを馳せながら、死よりも痛みを伴う苦しみを受け続けるようになるのだ。

「感心しないな」

その声は、ひやりとした冷気と共にやって来た。

「いや、ひとりでやってるのか……逆に感心だ」

彼は天才だった。彼自身、出来ない事は無いと確信していた。現に出来た。それは全て、世界の為だ。彼女の為だ。そのことを忘れないように、部屋は自身のホームと同じように白く清潔に、いつも保っていた。流される血も、転がる肉も、必ず跡形もなく消し去っていた。残った魂は、この部屋の手前の空洞に放した。彼は天才だが、魂をどうこうする、ということだけは出来なかった。

「笑顔の無い君は初めてだな……なんだ、僕が怖いのか? 別にこの事を誰かに言おうなんて思ってはいないさ」

知られるのは怖い。このことを知ったら、彼女は、きっと彼を軽蔑する。そんなことはわかりきっていた。今更指摘されたところで、別段驚くことでも無い。それよりも、男からの指摘でようやく自分の顔から笑みが消えていたことに気付き、彼は無意識のうちに口元を覆っていた。

「僕だってやってる。そしてこう言うのは何だけど、見たところ……僕の方がずっと"上手い"ね」
「……何が、言いたいんです」

ようやく出てきた声は、彼自身も驚くほどに掠れていた。白い部屋の入り口に立つその男は、顔を向けなくとも、声だけでわかる……ライブラのリーダー、クラウス・V・ラインヘルツを影で支える副官、スティーブン・A・スターフェイズだ。

「言いたい事は2つ。君はまだ若い。19歳の子供が、いたずらに力を使ってこういうことを行うのは、教育上良くない」
「子供……」
「子供さ。僕からしたらね。こんな場所を作って、しかも自主的に行っている。君は焦っているんだよ。自身の魂の形を自身で歪めるのは、うん、良くない」
「……」
「もう1つ。君はいずれリーダーになる人間だ。断言しよう。これは……こんなことは"先導者"がする仕事じゃない」


そう言うとスティーブンは、武器の一部であるその靴を鳴らしながら、部屋の中央…彼のいるその場所まで歩いた。そして、今しがた彼が手にかけようとしていた"対象"に向かって、その武器を振り上げた。パキ、と何かが割れる音とともに、赤く濡れた氷が"対象"の喉元に広がった。

「……僕みたいな人間が、やることさ」

首輪のように広がった太い氷の内側から、また別の小さな針のような氷を発生させ、キリキリと焦らすように少しずつ、喉に、頚動脈に突き立てていく。それまで黙り込んでいた"対象"は、冷気と微かな痛みに感覚を呼び戻されたのか、薄く開いていた瞳をわずかに左右に動かした。

「その僕だって、ひとりではやらない。ライブラとは別の私設部隊を持ってる」

不意にスティーブンは、部屋の入り口に視線を移した。彼もそれに続いて入り口に目をやると、そこには細身の青年と、大柄の黒くぬめった生き物が数体、音もなく佇んでいた。

「……ここは、」
「良い場所に隠したな。見つけるのは一苦労だったよ。僕ら以外には不可能だろう」
「なんの、為に」
「君を守る為さ。シャミアニードの次期リーダーである『ハインリヒ・ディートリッヒ』を"守る"為だ。君という存在を、完全に闇に染めない為。今はまだ、本当のリーダーじゃない。けど今後は……君がトップだ。あの秘密結社の長だ。それがどういうことかわかるか?」

リーダー。世界の均衡を守る秘密結社のリーダーとは。常に前を向いて、心に不動の炎を宿して、大胆に"絶対の正義"を振り下ろし、後ろを振り返ることなどなく、堂々と世界の深淵に立ち向かう。「ライブラのリーダー」は正にそれだ。こんな部屋を作ったりはしない。こんな部屋を、知ることさえもないのだろう。ここに立つこの男の力が、そうさせている。


「君、信頼できる同僚……部下は? ひとりでいい……近くにそういった人間を置け。君の為に、果ては世界の為に、"この部屋"を作る人間を、君以外に作るんだ」

リーダーにこの部屋は不要だよ。

そう言ってスティーブンは、私設部隊と"対象"を引き連れて、白い部屋から姿を消した。赤く濡れた血と共に白い部屋に残されたハインリヒは、ずっと、部屋の入り口の向こうの闇を見つめていた。
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