Magic Green!!!本編 | ナノ
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -
08.

ヘルサレムズ・ロットは、言ってしまえば「最強で最悪の街」である。本来出会うはずのなかった生命体が共存し、異界でも現世でも疎まれるような極悪人達が集い、一攫千金を狙う一般人が面白半分でやってくる……生物の富と権力と、夥しいほどの欲が渦巻く混沌と混沌の狭間の街。
しかしここがどんなに闇多き地であっても、公園には花が咲き、路地では樹が揺れる。緑は今日も、生きている。

事務所の外に出たアユは、何を考える訳でもなく、近くの公園に向かっていた。最弱の結界のレベルを上げたせいで髪の色はもう一段階明るくなり、風が吹けば霧に遮られながらもさす陽の光にあたってきらりと光った。
この街には季節に関係なくいつも濃い霧が漂っている。春の終わり、"外"の人間は半袖のシャツをおろし始めているに違いない。そういえばもう最近は、ここでも肌寒さを感じなくなったな、と時の進む速さを実感しているうちに、例の公園までたどり着いていた。

「こんにちは、久しぶり……」

アユは、公園の入り口に佇む樹に控えめに挨拶をしてから、少し入ったところにあるベンチに腰掛けた。「好きな所に行くといい」と言われて、歩いて行ける距離で思い浮かんだのはここしかなかった。元々プライベートでひとりになることはなかった(外出する際は必ずと言っていいほどスティーブンやらランチトリオやらがついてくる)し、車や単車もないので、こうなる事は目に見えていた訳だけど。思っていた以上にHLのことを知らないのかもしれない、とアユは少しさみしい気持ちになって、空を仰いだ。

「だぁめ、それモギーのだもん!」
「バカ、お前は腕5本もあるんだから別にいーじゃん」
「やーだー!! リッティだって腕は3本だし、目は私の倍あるじゃない!! ずるいよぉ!」

「ほら見える? あのビルの……43階!」
「へぇ〜いい所に住んでるのねぇ。治安は? どう?」
「6階下にマフィアの仮宿があるくらいよ。ローン返済は大変だけど……背に腹は変えられないわ、こんな街だし」

「なんだい、うちのビールに文句でもあるのかい!?」
「文句も何も、こりゃビールなんて呼べるもんじゃねぇだろう! なんでズィリャディモニが入ってねぇんだ!」
「おいオッサン、それ入れるのお前の種族だけだって……ヒューマーのビールにケチつけんなよ」

ここはHLの中でも有数の広さを誇る公園だ。アユの座るベンチの近くには、ピクニックキットを広げて遅めのランチをとる家族連れや、賑やかなビール・ジェラート屋台が並ぶ。彼らの楽しげで呑気な会話に紛れて、風に揺られながら囁くように歌う草木達の旋律に耳をすませながら、アユは目を閉じた。

久々に、ひとりでゆっくりした気がする。

とは言っても、私の仕事はライブラの事務所とその下の施設や隠れ家に結界を張ることぐらないなのだけど。年が明けてからは、仕事も任務もいい具合に上手くいっているせいかはわからないが、何故だか得体の知れない不安に駆られて、どこか自分を見失っていた。

「あ、あの」
「……えっ?」

頭上から降ってきた声にはっとして、アユは目を開けた。顔を上げると、淡い緑の長い髪を美しく巻いた、アユと同じかそれより少し年上くらいの女性が、目をぱっちり見開いてアユを見ていた。

「あっ……やっぱり!」
「えっ……」
「あなた、マダムの愛孫……アユ・マクラノじゃない!?」
「あ……え? は、はい」
「ッキャー!!!」

しまった、簡単に名前を名乗ってしまった、とアユが顔をしかめたのと同時に、歓喜の声を上げた女性は、そのままアユに抱きついた。
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