Magic Green!!!本編 | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
03.

「んー、やっぱりよくわかんないな」

ザパン、と波打つ黒い海は、背後に広がるHLのネオンのせいでその色をより一層暗くしていた。少し風が強いからか、うねる波にもどことなく力が入っているような気がする。やはり想像していた"海"とは違っていたその大きな水のかたまりを、スティーブンとアユはぼんやりと見つめていた。

「真っ暗ですね……」
「霧のせいもある。元々綺麗な海って訳じゃなかったし、まあしょうがない」

このHLに面する海の中には、例の巨大なタコが眠っている訳である。が、そのことは今は置いといて。
何をするわけでもなくただ深く黒い海を見つめているだけのスティーブンをちらと見やって、アユは思い切って口を開いてみた。

「……あの、スティーブンさん」
「うん?」
「最近ちょっと……えっと〜……」
「……なんだよ。僕がどうかした?」

てすりに肘をついていたスティーブンがこちらを向いてキョトンとしている。普段のハードスケジュールのせいもあいまってか、その顔は少し……いやかなり……やつれているようにも見えて、瞬間アユは言おうとしていた言葉を忘れてしまった。けれど何か繋がなくてはならないから、ぱっと浮かんだ言葉を並べてみる。

「あー、つ、疲れてます? よね」
「うん、だからここに来たんじゃない」
「……ですよね〜」

疲れてる時に来たくなるって、さっきスティーブンさん言ってたじゃんか!
アユは頭をがしがしとかきたくなる衝動を抑えて、変な顔をしながらまた視線を海の方に戻した。スティーブンもそこで会話をやめて、ゆっくりと前を向く。

背後で聞こえるHL、そして夜の街特有の奇抜な騒音と、前方に広がる途方もないほど大きくて深い闇。

そのちょうど境目に自分たちがいるのだと思うと、何だか大きなものに押しつぶされるような気持ちに襲われて、アユは気付けば冷たい鉄の手すりにしがみついていた。

ふと、スティーブンが口を開いた。

「……ここだけの話、さ」
「え?」
「根っから信頼できる友人を、持ったことがなくて」

アユはスティーブンの声にはじかれたように彼の方を向いた。その顔が、今までに見たどのスティーブンよりも"彼らしくなくて"、アユはしばらくその横顔をずっと見つめていた。

「仕事が仕事だからな……もちろん口外できないことばかりだし、場合によっては命を狙われる、なんてこともある。普通に付き合ってる一般人の友達もいるけど……」

スティーブンの方は前を向いて話し続けている。暗い海を見つめたまま話すその声は、くつろぎに来たはずのこの場所で出すようなものではなかった。少し前のアユなら、こんな顔を、声をするスティーブンの事を「怖い人だ」と思っていたかもしれない。

「いつだって、浮かれる訳にはいかない」
「……スティーブンさん……」

2人はそれから、数秒間だけ黙った。

恐らく過去に手痛い失敗をしているのだろう。スティーブンは別段普通な様子でぽつぽつと話してはいるが、その横顔は目線の先の海と同じ程暗かった。アユは彼のことが、心底心配になっていた。
この人は、誰かと思い切り羽を伸ばして楽しい時間を過ごす、なんていう、人としてごく当たり前のことを経験したことがないのかもしれない。彼の過去は魔法使いのアユにも知りえないことだから、そう思い込むのはいい事ではないけれど。
仕事でも、プライベートでも。いつも気を張って生きている彼に、心から気の置けない友人は、果たしていたことがあったのか。

が、すぐに元通りの陽気な表情に戻ったスティーブンがアユの方を向いたので、彼女の思考はそこで止まる。

「まあその点、君は職場の後輩だから仕事のことで何か隠したり構えたりすら必要は無いし、ね」
「あー……なるほど……」

先程までの顔はどこへやら、スティーブンはアユに向かってにっと笑い、申し訳なさそうに頭をかいた。

「何も気にすることなく出かけられる友人っていうのは初めてだったんだ。無理矢理連れてきて、ごめん」
「……っ、謝らないでください。私が来たくてついてきたんですから」

これはアユの本心でもあった。彼の諸々のことを考えてしまって、すっかり暗い気持ちになっていたアユは少し強く言った。

スティーブンさんの積極的すぎる最近の言動の裏には、きっと私では知りえない何かがある。そう……だから、今は。


「気の置けない友人って、大切ですよ。私でよければ……」

その先が自分でも上手く言えなくて、アユは首をかしげた。スティーブンはその先を待つことはなく、ゆるりと目を細めて笑った。

「そう?」
「……? ……そうですよ!」
「うん、ははは。じゃあ改めて……これからも良き友人として、よろしく。アユ」
「よろしくおねがいします」

スティーブンさんと私は、良き友達。
その事実は心地いいような、もどかしいような、不思議で何とも言えない気持ちに襲われて、事務所まで送るよと踵を返して車に戻るスティーブンの背中を、アユはしばらく見つめていた。
prev next
top