Magic Green!!!本編 | ナノ
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14.

その後のアユは握手や写真やサインなんかを迫られ続け、ドレス姿のまま微笑んですべてに対応していた。K.Kと酔ったパトリックには泣きつかれ、クラウスからは賞賛の雨を受け、ザップからは衣装をこれでもかと言わんばかりにいじられた。

スティーブンは彼女に直接会って話すこともなく、バーの端の方でしばらく一人で飲んだあとで、テラスに出て霧っぽい夜風に当たっていた。人の多さや酒のせいで上気した頬の熱がゆっくりと冷まされていくのに、瞳に映るHLの夜景越しにまだ先程の灯りの幻がちらついている気がして、彼は思わず右手で顔を覆った。

「スターフェイズ氏。2日ぶりですね」
「ああ……ハイン。すごくいいステージだったよ」

シャンパングラスを揺らしながら、スティーブンを追ったハインが外に出てきた。お褒めの言葉を受けた彼はちょっと照れくさそうにしてから、にっと口の端を上げた。

「……アユになにか、しましたね?」

ぎくり、と顔をひきつらせたスティーブンは、外の景色を見るようなそぶりを見せてハインに背を向けた。別にやましいことをした訳では無い。と、思うのだが。

「彼女の様子を見てれば一発でわかりますよ……別にどうこう言うつもりはありませんって、小姑じゃあるまいし」

スティーブンは面白そうに笑うハインをちらっと見て、はぁ〜と白い息を吐いた。どう取り繕っても、この青年には何もかもお見通しなのかもしれない。いや、取り繕う程のことをした訳では無いって!困ったように唸って、スティーブンは言葉を濁した。

「その、とても……よかったよ……今はそれしか言えない」
「それはさっき聞きましたって」

それとも別の何かが、ですか? 悪戯っぽく微笑むその顔は、ゲルダ婆に少し似ている。ハインは笑みを崩さないままで、スティーブンの方を向いて言葉を続ける。

「彼女は純真な心を持つ日本人です。正確には、クォーターですけどね。そのことを弁えていただければ、それで。同意どうこうは必須ですけどね」

僕は貴方に、剣の矛先を向けたくはない。

ハッとしたスティーブンはハインの方に向き直った。そこにはすべてを見通すような目でまっすぐこちらを見る、彼女の兄がいた。怒気はない。軽蔑の眼差しでもない。全てを貫くような、まるでクラウスの――どんな罪人だって、十字架の前に跪いて悔い改めたくなるような――そんな瞳で。いや、そんな大罪を犯したつもりはないのだけれど。

「彼女の涙は、見たくないですもんね」
「……勿論さ」

すぐにいつも通りに戻ってへらっと笑ったハインに、バーの方からお呼びがかかり、彼はスティーブンに軽く一礼してから声のする方へ向かっていった。酔いが一気に醒めたきがして、スティーブンはグラスを置いてもう一度目元を覆った。俺は、レオナルドと同い年の若い青年に、釘を刺されたのか?いつもよりキツめの踏みを入れてきたK.Kも、俺が何らかのアクションを起こしたことに気付いていたのだろう。

(キスしただけじゃなかったか……?)

確かに同意ではなかったけど。これじゃ周囲のガードの方が固すぎる……一歩近づいただけで、これだ。先は長くなりそうだなあ。スティーブンが肘をついてため息をこぼしたその時、カチャ、とテラスの扉が開いて、菫色のドレスをまとった少女がやってきた。

「スティーブンさん、大丈夫ですか? お兄ちゃんから気分が優れないみたいだって聞いて……」

心配そうにしてそばに寄ってきたアユは、人混みの熱にやられて頬を上気させている。1月の夜なのだからその格好では寒すぎるだろうに、何を気にするわけでもなく身一つでやってきたようだ。ハインめ。応援するのかしないのか、はっきりしてくれ。君が立っている位置はとても重要なんだから。

「いや、大丈夫……あー、すごくよかったよ、アユ」
「本当ですか? 楽しんでもらえたならよかったです」

ちょっとはにかんで、アユはHLの夜景を見やった。綺麗に編まれた栗色の髪に飾られた花が、冷たい風にさらされて揺れる。月桂樹を模した金色のイヤーカフが、街の光に反射して煌めいた。カールされた長い睫毛が瞬きの度に震えて、その下にある茶色の瞳は街の明かりをうつしている。

だめだ、ついさっきガードが固いから大変だとか、もっと慎重にいこうとか、そんなことを考えていたのに。スティーブンは無意識のうちに、というか意識をコントロールするのも忘れて、彼女の耳に手をかけ、ピンクの頬に唇を寄せていた。

「!?」
「頬ならセーフだろ、さすがに。君の兄貴だってやってる」

アユは一応国際人だから、挨拶替わりに頬にキス、というのは常識の範囲内にあるようだ。唇が例外だっただけである。

「……うーん、まあ……」
「ふっふ」

複雑な顔をしながらも嫌そうではないアユに気をよくしたスティーブンは、もう一発頬にキスを落とした。この程度なら、唇のキスよりもずっと軽い罪だろう。誰からもお咎めを食らうことは無い。きっと。

「ちょ、酔ってますよね!? スティーブンさん!」
「酔ってない酔ってない。僕ら友達だろ?」
「〜〜っ!」

またそれか! 至近距離で微笑みかけてくるスティーブンにちょっとイラッとして、今度はアユの方から無理やりスティーブンの左頬にキスをした。カツ、とヒールが鳴って地面を離れ、大きな傷に一瞬だけ桃色の唇が触れる。

「!」
「これでおあいこですよ!」

アユはスティーブンの顔を見ることなく急ぎ足でテラスをあとにした。ひとり残されたスティーブンは、しばらく立ち尽くしたあと、そっと左頬に手を当てた。そこは火が出てるんじゃないかっていうくらい、熱かった。

To be continued…
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