Magic Green!!!本編 | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
13.

1曲目は、彼女がいつぞやの温室で歌っていた、”遠き山に日は落ちて”。静かなピアノの音色が寄り添うように、彼女の歌を引き立てる。あの時よりも、より切なく。より安らかに。それまで目を閉じていた彼女の睫毛が、少しだけ震えて開かれたその瞬間。無機質なステージに草木が芽吹き、花が咲き始めた。彼女の歌声に呼応するかのようにシュルシュルとその茎を伸ばし、葉を広げ、実をつけていく。ハインの魔法だった。

歌い終え、ふぅ……と息をついて微笑んだ彼女は、全員から拍手を送られた。とりあえず成功したのだとわかって安堵の表情を浮かべ、アユはハインから投げ渡された小さなタンバリンを両手に持って、2曲目を歌い始めた。

「へぇ、”カントリーロード”じゃん」
「日本語だと、結構寂しげな歌詞なのね。楽しい曲調だけど」

英訳に目を落とす人や、歌に聞き入る人、手拍子を入れる人。そのどれにもあてはまらず、スティーブンはただそこに立ってアユを見ていた。アユは目を細めて笑みを零したり、時に眉を寄せて悲しそうにしたりしながら、曲の中の世界に入り込んで歌い続けた。薄く塗られた桃色のリップが、唇を開く度にライトに当たって小さく光る。

(……好きだなあ)

ついこの間まで、”大切なもの”は作らないつもりでいた。いつ死ぬかもわからないこの街で、生と死の狭間で生きている自分に、そんなものは必要ないと。生きる意志はある。が、死ぬ覚悟だってあった。それなのにこの少女が現れて、スティーブンの心の中には俗っぽい「死にたくない」という感情が生まれてしまっていた。優しくて、強くて、脆くて、愛しい人を守りたい……以前より死ぬ訳にはいかなくなった。全く本当に、罪作りな少女だ。目線の先のステージの上で歓声に応えるアユは、いつもとは違う魅力を放っていて。緑の中に咲く小さな菫のように、綺麗だった。

そのまま3曲目の”The Rose”を歌い終えて、拍手喝采の中でステージを降りようとしたアユの元に、どこからともなく「アンコール」の声が。一番前に座っていたランチトリオからだった。それからは客席、立ち見、カウンター席の者まで手拍子でアンコールの連呼をはじめた。

「K.Kさん! 時間は……」
「グスッ……ぜーんぜんオッケーよ。ハインっちと練習はしたんでしょ?」

袖で3曲目に涙していたK.Kはハンカチを握りしめたままアユにウインクをした。うう……と焦りの表情を浮かべてハインの方に振り返った。彼はやるしかないといった様子で、裏に用意していたアコースティックギターを取り出し、ステージ中心に向かっている。それを見てアユも覚悟を決め、もう一度ライトで照らされたステージ中心まで歩き、スタンドからワイヤレスマイクを外して申し訳なさそうに歓声に答えた。

「あー……アンコールありがとう。あまり練習していないんだけど……もう1曲だけ。聞いてください、」

”I See The Light”

ハインが指を弾き、緩やかなアルペジオを弾き始めると、バーの証明が一気に落ち、手のひらサイズの小さな燈籠のような灯りがステージ奥から現れ始めた。先程の魔法の植物たちがさらに形を変え、光となってバーに広がっていく。映画を知る女性陣達は目を輝かせた。

「きれい……"Tangled"ね」
「あの衣装はラプンツェル姫を模してたんだわ」

殆ど練習していないとは思えないほどに伸びやかに歌い始めたアユは、ぽつぽつと浮く明かりを手のひらに乗せて息を吹きかけ、客席に飛ばしている。映画の中から切り取ってきたような、幻想的な世界。灯りはスティーブンの方にも飛んできて、手で触れると微かに温かかった。
インストゥルメンタルの間に音楽はサウンドトラックに切り替わり、ハインが立ち上がってギターを置き、歌い始める。彼もやはり、相当の歌うたいだった。高めのテノールを深さをもって歌い上げ、彼を初めて見た会場の女性の誰しもをうっとりとさせた。アユとハインは手をとってクライマックスを歌い始める。灯りは好き好きに散ってバーを暖かく照らしたあとで、アユとハインの元に集まり、そこだけ誰も踏み込めない聖域のように輝いて、見つめあって歌う2人の輪郭をなぞった。

「Now that I see you……」

最後のフレーズを口ずさむように歌った時、アユは少しだけスティーブンの方を見た。しかしすぐに目線をハインの方に戻して、目を閉じる。頬に軽くキスをされてアユは微笑んだ。

余興は大成功のうちに幕を閉じた。鳴り止まぬ拍手の中、スティーブンはずっとアユを見ていた。
prev next
top