Magic Green!!!本編 | ナノ
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10.

「……? ……!?」
「ん、ハッピーニューイヤー……アユ」
「〜〜っ! 〜〜っ!?」
「親愛のキス」
「〜なっ……! な、なん……!」
「なんだ君、友達とキスもしないわけ?」
「な、何してくれちゃってるんですか!!」

ぎゃああああ……と口元を手の甲で覆い顔を真っ赤にして、アユはソファーから転げ落ちる勢いで後ずさった。え……え!? 違う! いや、違くない! 謎すぎる展開に顔を赤く青く……最終的には赤くして、アユは行儀が悪いとわかっていながら、長いソファーの肘掛によじ登ってスティーブンとの距離をとった。

「君のそういう反応、面白いよね〜」

スティーブンは余裕綽々、というったように笑みを浮かべて、いつも通りのスッとした顔で左手に持っていたままだったマグにその唇をあてた。が、アユと張る勢いで顔が赤くなっている。その瞳は常のように遠くを見ているのに、頬を薄紅に染めているせいで惚けたように見えなくもない。

「ばっ……す、スティーブンさんだって顔真っ赤ですからね!うわあああ」
「お、俺は赤面症だから」

あからさまにぎくりとして、スティーブンは首をひねって窓から見える花火を眺めた。絶対嘘でしょ! 聞いたことないよ貴方が赤面症だなんて!それにしても子供すぎる、と自分の動向に泣きたくなるくらいの情けなさを覚えながら、アユは心の中で渾身のツッコミをいれた。
窓から虹の電花のように色をはためかせる光が、スティーブンの顔の輪郭をなぞった時、僅かに見える右頬の傷と首筋からのぞく赤いタトゥーが上下に揺れているのに気付いた。顔を紅潮させたままのアユが、あれ、とその原因を探ろうと首を持ち上げたのと同時に、スティーブンがこちらをくるりと向いて、いたずらっぽく口の端を上げた。

「で? 仕分けは終わったのか?」

右手をソファーの背もたれについて、またしてもこちらへの距離を詰めようとしてきたスティーブンからさらに離れるべく立ち上がり、アユはテーブルの上に美しく重ねられた最後の書類を鷲掴んで彼の胸元に押し込んだ。

「おっ、おわ、終わりましたって! スティーブンさんもう帰ったらどうですか! マグの片付けくらいはしときますんで!」
「あっはっはっは! だいぶ照れ屋だよね、君って。よし帰ろう……おやすみ、アユ」

話している間も赤面はおさまらなくて、アユはスティーブンの目を見ることができなかった。素直に書類を受け取ったスティーブンの背中を押し、半ば無理やり事務所から追い出して、その場にしゃがみこむ。ひんやりとした無機質な床が、温度の上がりっぱなしだった掌を冷やしていった。

(あああぁぁ……)

完全にファーストキスだった。油断したとかそういう問題じゃない。だって一切そういう雰囲気ではなかった。普通に仕事を手伝っていただけなのに。カウントダウンの時、顔を彼の方に向けたのだって、本当にただの偶然。音を失ったかのように静かだった数秒間を、鼓動も忘れたかのように身動きの取れなかった数秒間を思い出して、アユは戻りかけていた顔色をまた赤くさせてしまった。そしてあの後…18歳とは思えないほどの動揺っぷりを年上の、経験値の高そうな男性にひけらかしてしまって、それもまた、すごく恥ずかしくて。アユはそこまで記憶を巻き戻してから、ふと、彼の不自然な言動を思い出した。
赤面症などという完全にばれる嘘をついた理由は? 窓の外を見ていた彼の顔の輪郭が、上気していたように見えたのはなぜ? しかしその疑問は、その直後に彼が元通りのスティーブン・A・スターフェイズに戻っていたことによって、あっさりと粉砕された。そうか、私は……

「か、からかわれてた……?」

アユはぐぬぬ……と顔を歪めた。許せぬ。いくら上司だからって、友達だからって! 重罪だ! ……とは思っているのだけど。こっちの国では、挨拶みたいなものか。日本なんかよりはずっとスキンシップの多い国だ。ハグだったり、頬のキス位ならいくらだってあった。親のどちらかが純外国人ならば、愛のキスを贈られることだってあったかもしれないけれど、父は生粋の日本人だし、母は奥ゆかしさが売りの日本人とのハーフだ。さらにアユ自身、日本では自分を軸とした恋愛関係の一切を遮断してきた身であったし。
自分の記憶にある中で、誰かと唇を重ねる、なんてことは一度もなかったはずだ。スティーブンだってきっと、アユがそういう類の女の子であることを知っているだろうに。

『友達とキスもしないわけ?』

しませんよ! 床にしゃがみこんだまま、アユは目線の先の、先程の現場……長いソファーの中心部分の背もたれを睨んだ。しかしそれもすぐにやめる。怒りより動揺より、今は疲れの方が強い。

「……さしみ」

唇が触れる感触は、刺身に似ているのだと聞いたことがあった。突然すぎたから、どうだったかは詳しく覚えてないけど。アユは、日本でよく食べていたマグロの赤身を思い浮かべた。ひんやり冷たくて、大根と一緒に食べたら美味し……じゃなくて、柔らかいような、硬いような、言葉にしにくい弾力があって。
……ちょっと、ほんの数秒、触れただけだったのに。

「……」

そのまま10分ほど、アユはうずくまっていた。途中、そっと唇に手を当ててみる。そこは火が出てるんじゃないかっていうくらい、熱かった。


(成功してしまった……)

仰け反って拒否されることも想定に(というか80%そうなると思ってた)入れていたスティーブンだったが、思いの外すんなり唇が触れてしまったのに一瞬だけ拍子抜けして、その後はただただ「やってしまった」という思いが頭の中を駆け回っていた。

(絶対ファーストキスだ、あれ)

あの動揺っぷりをみるに、それは鉄板だろう。予想はしていたが……

やった!

スティーブンは車に乗り込みエンジンをかけて、にっと悪く笑った。かなりのアピールになったに違いない。なに、親愛のキスとは言っておいたし、これは告白ではない。しかし! これからはバッチリ意識させてやるんだ。この僕を振ったこと、そしてそれを覚えてすらいないということを、後悔するほどにな!
それにしても、あの直後。彼女の動揺っぷりは想像していた通りというか、案の定可愛い反応をしてくれて、だいぶ満足したのだけれど。スティーブン自身が予想以上に照れてしまっていたことに、正直かなり驚いていた。伊達男、色男と呼ばれ、自分でもそうなのだろうと理解した上で、さらにそこに磨きをかけて仕事に役立てていたこの俺が。まさか舌も入れないただのキスで、あそこまであからさまにどぎまぎしてしまうとは。恋というのは本当にわからない。そのわからなさすぎることに、少しの恐ろしささえも覚えた。

(でもまあ、とりあえず。アユのファーストキスを奪ったのは僕だからな)

ざまあみろ、将来アユを狙うであろう他の男どもめ。まあその前に僕の手中に収まっちゃってるだろうけど!
ふっふっふ、と不気味に笑いながら、スティーブンは車を発進させた。彼は相当……寝不足で、疲れていた。
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