Magic Green!!!本編 | ナノ
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09.

邪魔者は消えた。
昼からは全員総出で書類を片付けて、スティーブンが事務所に残るだけで済むような量にまで減った。家族サービス必須のK.Kを筆頭に全員定時で帰っていき、しばらくしないうちにツェッドも水槽に行った。

(やっと落ち着く……)

正確には、落ち着いて2人になれる、だ。アユは今、おそらく自室でシャワーを浴びている。仕事が終わらないように振舞って無理やり手伝わせれば、いくらだって話す機会は増えるだろう。と、ここまで考えてから、彼女との時間を作る為に必死になっている自分に気付いて小さく苦笑した。

「あれ、まだいらっしゃったんですか?」

しばらくしないうちに、案の定自室から髪を湿らせたアユが出てきた。乾かしてはいるのだろうけど、普段はふわふわしている栗色の髪は、水分を含んでぺたりと彼女の頬に張り付いていた。スティーブンは手にしていた資料をアユから見える高さにまで掲げて見せて、肩をすくめた。

「もうちょっとなんだけど……片付かなくて」
「そうなんですね……よければ、お手伝いしますよ」

よっしゃ! その言葉が聞きたかったスティーブンは「じゃあ頼むよ」となんでもないように返して、掲げた資料をひらひらと揺らした。アユはスティーブンの向かいのソファーに座り、並べられた最後の書類達を時系列ごとに並べ始めた。

「そっちは先日のアイルランド系マフィア掃討作戦のやつ?」
「はい……あ、まだ7月の報告書が混ざってますよ、間に合いますか?」
「……ああ、僕の両手足が折れた事件だ。入院してたから確認してなかったんだな……間に合うよ、こっちにまわして」

仕事に集中している時は無駄な言葉を自分の口からは一切発さない、という姿勢を貫くアユも清々しくて悪くない。個人的には……仕事中でも、もう少し歩み寄ってほしい、とは思っているのだけど。事務的な会話をしながらてきぱきと仕分けを続け、書類はなんとか残り数枚にまで減った。あと10分と少しで新年を迎えるというところにきている。

「コーヒー淹れてきましょうか?」
「いや、ちょっと体を動かしたいから、僕が行くよ。ブラックでいい?」
「あ……ありがとうございます」

少し思うところがあったスティーブンは、軽く伸びをして立ち上がった。


えっと……

「なんで、横なんですか?」
「いいじゃないか、友達だし」

ブラックコーヒーを運んできたスティーブンは、何故か先程と同じ場所ではなく、長いソファーの端に座っていたアユの隣に腰掛けた。2枚の書類を手に持ったまま、アユはスティーブンの方をちらとみた。昼にある程度仮眠をとったとはいっても、やはり昨日の徹夜のせいだろう、疲れは取れていないようだし、目の下にくまができている。それでもイイ男として様になってしまうのだから、この上司はある意味恐ろしい。

「それじゃ、書類が片付きません」
「あとは君が仕分けるだけだって。僕はもう目を通した後だし」

我関せず、といった様子でぼーっとしているスティーブンをちょっとだけ睨んでから、アユは目線を前に戻した。仕事量は圧倒的にスティーブンさんの方が多いから、今くらいは休んでもらった方がいいか。もう一度書類に目を落とし、そこから集中モードに入ったアユは、最後の確認を始めた。スティーブンが正面にいようが隣にいようが、目の前の仕事を片付けるのに支障が出るわけではない。アユの集中力というのは、言ってしまえば一つの才能だった。面白くないのはスティーブンである。少しはどぎまぎしてくれたっていいじゃないか。テーブルの上の紙達を整理し始めたアユの湿った髪の先が揺れるのを目で追いながら、スティーブンは不機嫌そうに熱いブラックコーヒーに口をつけていた。無言のまま数分が経ち、ついにしびれをきらして、ひとこと。

「アユ」
「? はい」
「……オニギリ、また作ってくれ」
「全然食べられなかったですもんねー、いいですよ」
「え、いいの?」

アユはちょっと意外そうな声を出したスティーブンの方にようやく顔を向けた。さほど気にはなっていなかったけれど……物足りなさそうな気配を発していたのは、ちゃんと昼食を取れなかったからなんだ。というかおにぎりのウケがこんなに良いとは思っていなかったアユは、ラッキー、というように顔を緩ませているスティーブンをちょっとだけ見つめて、ふふと笑った。

「……なんだよ」
「いえ、失礼かもしれないんですけど……スティーブンさんってかなり、若々しいなーと思って」

というか子供っぽい、とは言わないでおく。ぐ……と口元を変な方に曲げたのをマグで隠して、スティーブンは「そう」と小さく答えた。直後に時計の方を見たアユは、スティーブンがちょっと赤面しているのには気が付かなかった。秒針は、10を指している。事務所の窓から見える街の明かりも、秒ごとに変わっていった。

「あ、カウントダウンはじまりましたよ! 5、4……」
「……」

日本ではもう、年はあけてるんだ。ひとりでやってきた異国の、さらには異界に近いこの意味不明な街で、いたって普通に年を越せることにちょっと感動したアユは、音もなく12に近づく秒針をじっと見つめていた。のだが、本当に単純に……ただ、隣の彼がどんな顔をしているのか、見てみたくて。時計から目を離してカウントダウンを続けながら、何故か無言のままのスティーブンの方を見やったアユの右頬に、節くれだった大きな手が添えられた。乾ききっていない栗色の毛束が、熱い息をかけられて少し揺れた。

「3、2……」
「……1」

ちゅっ

直後。HL中で、花火があがった…のだけれど。秘密結社ライブラの事務所、長いソファーの上。そこだけは、数秒間の静寂に包まれた。
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