13.
12月25日、午前10時。
ザップが出ていって約3時間経った頃。スティーブンはまだ、病室にいた。
(いい加減本気出せ、か……)
本命を前にすると、いつも女性に接する時のような伊達男っぷりが発揮できなくて、スティーブン自身かなり困惑していたのは事実だ。しかしそれをザップに指摘され、しかもアタックを促される程、ここ最近の自分の言動(というか、顔色)が不自然極まりないものだったのだと気付かされ、だいぶ落ち込んでいた。
嘘をつくのは得意だし、フェイクの自分を作り出すことも、それを完璧に演じきることもできる、時には仲の良い友人だって簡単に切り捨てられる冷血漢…スティーブン・A・スターフェイズとはそういう男だった。今回もそれと同じように、全て上手く隠しきれているのだと思っていたのに。この少女は、僕をどこまでも無力な、ただの男にしてしまう。
(きっとどうしようもないくらいに、好きなんだ)
ザップがアユに迫った時、血界の眷属が彼女の細い首を掴んで握りしめた時、クラウスによる密封が終わった後、崩れるように倒れ込んだ時……心臓が、止まるかと思った。
スティーブンにとって何にも変えられない第一のことは、世界の均衡とクラウスの命だ。その次には仕事が来る。プライベートなどというものは、優先順位の一番下にずっと放置されている。けどアユは、その優先順位のどこにもいない。全く別の優しい場所で、いつもスティーブンに笑みを向けている。
「……ん、ぅ」
顔を赤くして苦しそうにしていたアユが、ふぅ、と息を吐いて目を薄く開いた。
「……アユ!」
「あ、すてぃ……ぶ、さん?」
まだ意識が朦朧としているらしく、アユはぼんやりした顔でスティーブンの方を見つめた。今何時だとか、大丈夫かとか、君はよく頑張ったとか……最初にかける言葉は色々あったはずなのだけど。
「……っ、僕の、恋人になってくれ。君が好きなんだ」
スティーブンはアユの手を握り、真っ直ぐ彼女を見つめて、絞り出すような声でそう言った。
「………」
しばらくの沈黙。しかしスティーブンは、一瞬たりとも彼女から目をそらさなかった。アユが熱っぽい目で見つめ返してくるので、魔力欠乏のせいなのだとわかってはいても少し期待してしまう。むしろ期待しかなかい。たとえ本心でなくても、こうやって真っ直ぐ見つめていて、僕のことを好きにならなかった女性はいないんだから。
「……お、」
お願いします、か? スティーブンが勝利を確信して口の端を上げた直後。
「おともだち、から……」
最後の方はほぼ消えるような音量でそう答えて、アユはまた目を閉じ、深い眠りに入っていった。スティーブンは、1時間後にチェインが看病の交代に現れるまで、アユの手を握ったまま石化していた。
*
「……っ死ぬかと思ったぁ〜!!」
「生きててよかったっすね〜マジで! 俺、義眼治して退院した後ザップさんの墓に花持っていく所まで想像しましたよ」
「さすがの番頭も今回は大丈夫だろ……俺はもう二度とあんな大勝負はしねぇ。死ぬもん」
「スティーブンさんに迫られたら大抵の女の人は落ちますよね、遅くても明日には付き合ってますよあの二人」
「だろーなー! おいレオ、早く退院しろ! 俺を讃えて飯を奢れ!」
「ザップさんにしては良くやりましたもんね、奢りませんけど」
「にしてはって何だよ!」
To be continued…
prev next
top