09.
『クソッ! クラウス! アユが何者かに連れ去られた……悪い、俺の失態だ』
「! スティーブン……アユはここだ。恐らく血界の眷属に捕らえられ連れてこられたのだろう」
そう伝えてクラウスが見上げた先には、赤く鈍く輝く羽を広げた、美しいまでに恐ろしい”血界の眷属”がいた。その真横に、人ひとりが入る程の大きさの、赤い卵のようなものが浮いている。
「旦那!」
遠くの路地から駆け付けたのは、ザップとツェッドだ。レオナルドは、血界の眷属からは遠く離れた位置で、青く光る”神々の義眼”を開いて諱名を読み取ろうとしている。
「あんたら、カーンタンに引っかかっちゃうからさぁ……つまんなーい」
血界の眷属は羽をはためかせて、ケラケラと笑った。長い金髪の巻き毛を揺らし、緑の濁った目をゆるゆると細めて、赤い卵に肘を乗せた。
「今までの誘拐は……俺達をおびき出すフェイクかよ!」
「俺達? 違う違う! 必要なのはこの子だけよ?」
ザップが噛み付くように叫んだが、眷属は楽しそうに笑うだけ。その場にいる誰しもが、この吸血鬼の発するただならぬ気配に身構えた。
「でもそう……例えばあそこの、義眼のガキ」
邪魔よね。
クラウスが反応した瞬間、赤く線を引いたような光が、隠れていたはずのレオナルドの”両目”に走った。
「っ!? あ”……!」
諱名を読み取るのに集中していたレオは、一瞬気付くのが遅れてしまい、飛び退いた時には線が目に届いていた。ピキッ、という音と共に、右の義眼が割れ、左の義眼にヒビが入る。
「レオ君!」
うずくまるレオナルドの元に駆け付けたツェッドが、彼を抱えて高く飛んだ。両目とも十分に作動しなくなっては、諱名を読むのに支障をきたすどころの話ではない。つー、とレオの頬に血が伝う。
「……っ、すみませ……っ! う、あ"」
「これで大丈夫。さあ、レディ……」
にっこりと不気味に微笑んだBBが、赤い卵を自身の正面に飛ばし、パチンと指を鳴らした。クラウスが攻撃の構えを見せたが、赤い卵が糸のようにシュルシュルと形を変え、中からローブごと縛られたアユが姿を現した。
「……アユ!」
「クラウスさん! 離れて!」
またしても赤い線が光り、今度はクラウスめがけて稲妻の様に音を立ててぶつかった。直前にその場を飛び退いたクラウスを見て、BBはがっかりという顔をした。
「はぁ〜あ、残念……ねぇ、ミス・グルズヘリム? せっかくだし、私と勝負しないかしら?」
ザップやツェッド、遠くから銃を構えるK.Kも、アユがBBの手中にあるため、簡単には攻撃できずにいる。アユはBBの誘いを無視して、身をよじって赤い縄を解こうともがき続けた。
「本当は魔法ですぐ解けちゃうのに……かわいそうに。グルズヘリムの宿命ね」
キッと睨んだアユを肩をすくめて見返して、BBはもう一度指を鳴らし、アユと彼女だけがいる領域内でドーム型の透明な壁を作り出した。
「そうそうは壊せない結界よ。でも、あなたなら楽勝ね……あ、無理かぁ〜」
牙狩りがいるものね!
ニイッと口の端を上げて真っ赤な舌を見せる眷属が、ようやくアユを縛り付けていた縄を外した。それとほぼ同じ頃に、スティーブンがクラウスの元に駆け付けた。真っ先に目に飛び込んできたのは、血界の眷属にたった一人で対峙している、小さな白い少女の姿だった。
prev next
top