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「6/9」

B5で判明した設定ネタです。ご注意ください。前回のリクエスト短編「嫉妬(恋人未満)」の続きのような描写はありますが、単発でも読むことができます。


ここ最近、僕はまあ…疲れていて。治る気配のないザップの女癖の悪さのせいでレオナルドが病院送りになるのを週3で見送ったり、特に意味の無い堕落王の暇潰しに2日ほど休暇をダメにされたり、帰宅ついでに監視カメラをチェックしたら、アユとツェッドが仲良さげにしているのを見せつけられてしまったり。最後のやつは、こう言ってはなんだがいい感じに邪魔できたけど…結局徹夜して、次の日は死んだようにデスクに座りっぱなしだった。

要するに人手が足りなかったり人知を超えた存在とやりあったりで忙しすぎて、2週間ほどアユと"友人として"付き合うことが一切できなかった。だから楽しみにしていたんだ。…当たり前じゃないか!

「スティーブンさんごめんなさい、今日はちょっと、その…急用で…」
「え!」

それなのに、この仕打ち。

倒れなかった自分を褒めてやりたかった。徹夜三昧で昼夜逆転した生活を送ったり、夜なのに昼のように明るくなってしまった(堕落王の魔法だ)HLをかけずり回ったせいで時間の感覚はほぼ無いに等しかったけれど、この約束だけは覚えていた。まあ何のことは無い、アユと一緒にランチするという約束。

「あの、ほんとにすみませんスティーブンさん。この埋め合わせはいつか必ず…」

金槌で打たれたような顔をしたまま動かない俺を見て、アユはぴゃっぴゃと汗を飛ばしながら詫びた。悪気はなさそうだ。が、今の俺には約束の断りはクリーンヒットすぎて、もうなんだ、死にたい。

「…いや、急用。急用なら仕方がない…また今度ね」

気力を振り絞って大人の対応をしてみせたが、ショックが頭から抜けない。どうやら自分はこのかなり歳下の少女にぞっこんなようだ。こんなにダメージを受けたのは大崩落の知らせを聞いた時以来だぞ、と呆然とする脳内で冷静な俺がぶつぶつと呟いている。
アユの方は普段以上に疲れを見せている俺を見て申し訳なさそうにするばかりだったが、時計をちらりと確認してからさっと頭を下げ、俺が「待て、護衛はいるのか」と口に出す前に事務所の外に飛び出して行った。


そそくさと出かけていってしまったアユから取り残されたスティーブンさんは、しばらくその場に棒立ち状態で、とにかく可哀想だった。僕はSS先輩の愛人さんに折られた左手を気遣いながら、スティーブンさんに声をかける。

「ス、スティーブンさん…アユは本当に、どうしても抜けられない用事が入ってしまったみたいでして」
「…僕に連絡は来なかったぞ」
「いや、スティーブンさんには単発の仕事がいくつか入ってたじゃないすか。だから声もかけづらかったみたいで…あ、クラウスさんは知ってますから!ちょっと!スティーブンさんそっち窓っすよ!!」
「死んでやる…」

やばいぞ。ここまで壊れかけてる上司を見るのは久しぶり…いや初めてかもしれない。クラウスさんのデスクの後ろに広がる広い窓に向かってフラフラと歩き出したスティーブンさんを止めに、とりあえず走った。が、左腕が重すぎてうまくいかない。

「スティーブンさんっ!落ち着いてくださいよぉ〜!」
「止めてくれるな、少年…!もういっそ死ぬ…」
「いだだだだだ!そこ折れてる所!握っちゃダメな所っすよ!」
「うぃーすおつかれぇーっす」
「あ!ザップさんちょっ…スティーブンさん止めて下さいこれ!うわっ凍らせ…つめてぇーーっ!!」

ナイスタイミングで現れた先輩に助けを求めるも、両手でかなり大きなダンボール箱を抱えているザップさんは「悪ぃ、無理」と目線で告げてそそくさと温室の方に消えていった。ピキピキと足先から腰のあたりまで凍らされてしまった僕は、残った右腕でスティーブンさんの高そうなスーツをひっつかんだ。

「あ〜っ!アユは!あと5分で帰ってきますって!」
「…5分?急用なのに?」
「すぐ終わるやつなんすよ!」

…そう。
ぽつりと呟いて、スティーブンさんは自分のデスクの方に帰っていった。僕は下半身を凍らされたまま、なんとか胸をなでおろすのだった。


(うん、バッチリね!ニューイヤーパーティー以上よ!かーわいいわあ)
(あの…これ、着る必要ありますか?)
(バカおめぇ…アレだよ、人の誕生日祝う時は正装するもんだろ)
(…私以外みなさん普通じゃないですか?)
(ちょっと猿!無駄に絡む暇があったらその子をこっちに連れてきなさいよ!)
(食べ物も準備できています。人員は…あとはレオ君だけです)
(…すみません遅れました!義眼使ってこっそり出てきましたって…あしっ…つっ…めたい…)
(坊っちゃま。あとはお呼びするだけかと)
(うむ。…全員、彼が入ってくるまで、静かに。歌い始めは…アユ、よろしく頼む)
(…はい!)


やけに静かになったな。
先程まで冷たい冷たいとヒーヒー言っていたレオナルドが消えている。大方バイトだろうというのはわかっていても、人ひとり出ていって気付かないとは…この歳になっても衰えないどころか洗練されていく集中力には、我ながら驚く。ん?この歳…?

「スティーブン」

なにか忘れている気がする、と首をかしげていると、温室の方からクラウスの声が聞こえてきた。今は昼休みだ。チェスの相手かお茶の相手を探しているに違いない。

「ああ…クラウス?悪いが、今ちょっと手が…」
「いや、急用だ。スティーブン」
「…急用?」
「今すぐに、こちらへ来てはくれないかね」

今日はやけに急用が多いなあ。疲れきった体をなんとか叩いて、ぐっと立ち上がった。さて、次はどんな事件だろうか。こちらに顔だけのぞかせているクラウスの方に歩いて、温室のドアをいつも通りに開けた。視界に広がるのは、いつも通りの密に広がる緑ーーーではなくて。

『Happy Birthday to you…』

温室ではあった。が、何故か綺麗に作り替えられ、少し高い舞台のようなものも設えられ、その上に…そう、あの時の、ニューイヤーパーティーと同じ。紫のエンパイアドレスをまとった少女が、マイクを手にして小さく歌いはじめていた。


途中からは大合唱だった。
アユの気恥ずかしそうな歌い出しに痺れを切らした同郷の仲間達が肩を組んで歌い始め(スティーブンはもうちょっと彼女の歌声を聞きたかったようだ)、それに合わせてその場にやってきていた全構成員がバースデーソングを何度も何度も歌い上げた。その間呆然と温室の入口で立ち尽くしていたスティーブンだったが、クラウスとKKに引っ張られて壇上に上げられた。

「スティーブン、誕生日おめでとう」
「なーにボケッとしてんのよ!もっと真ん中に行きなさい!」
「クラ…け、KK…」

そのままアユは下手側に、クラウスとKKは上手側にひいて小さいながらもきちんと作られた台座の中心に立たされたスティーブンは、状況をうまく飲み込めていないままスタンドマイクを握った。なにか話す流れか、と軽く咳をしたその時、カツ、と下手の方からヒールを鳴らす音がした。

「…アユ」
「スティーブンさん、お誕生日おめでとうございます。お花どうぞ」

昼休みの急用って、もしかしてこれか?
スティーブンの真横にまでやってきたアユは大きな濃い桃色の花束を両手で抱えてにっこりと微笑んだ。正直彼女の笑顔の方が花より癒しになるのだが、じわじわと「そういえば今日は自分の誕生日だった」と実感しだしたぐらいの感覚しかないスティーブンは、なんとも言えない顔をして花束を受け取った。

「ゴデチアっていうんですよ。6月9日の花です」
「へえ…」

すっかり誕生日パーティーの会場となった温室にはどこからやってきたのやら、びっしりとライブラの構成員やら牙狩り時代の仲間やらが集まっていて、花束を受け取ったのと同時にワッと拍手が起こった。アユはまた笑って舞台袖にひき、ひとり残ったスティーブンは花束を抱え直してマイクの方に寄った。

「あー…みんなどうも、ありがとう。実は今の今まで、自分が誕生日ってことを忘れていてね…ワーカホリックもここまで来ると才能かもな」

会場からはドッと笑いが起こったが、クラウスとアユは「笑い事じゃない」といった様子で顔をしかめた。

「ここ最近予定を詰めまくっていたから…まあでも、大崩落から3年。生きてることに感謝したいよ。今日は本当にありがとう」

スティーブンのスピーチが終わったあとは、構成員が手分けして準備した食べ物や酒で真昼間だというのにどんちゃん騒ぎがはじまった。ひとりだけドレスを着せられていたアユは案の定歌わされ、賞賛の拍手を貰いながら壇上で微笑んだ。スティーブンは同僚という同僚からお祝いを貰い、酒をつがれ、一応まだ仕事中だぞと言えばクラウスから「この温室に入った瞬間から君には特別休暇を与えている」とあっさり告げられ、酒を飲まされた。

それから数時間。数週間分の疲れも忘れるくらいに騒ぎ、くたくたになったスティーブンは飲んだくれる他の構成員の間をすり抜けて温室の奥にあったテラスの白い椅子に腰掛けた。ゴデチアの花束が人の熱にやられてくったりしてきたのに気付き、まずい、と立ち上がってすぐ、アユが人ごみの方から花瓶を持ってかけてきた。

「スティーブンさん!これ…」
「ああ、悪い…握りしめたまま騒いじゃったから」
「水は入ってますから、どうぞ」
「ありがとう。君も座ったらどうだい?歌いっぱなしだったろう」

白い丸テーブルにゴデチアをさした花を置いて、スティーブンとアユはようやくひと息ついたといったように椅子に腰掛けた。2人とも人の熱や酒の熱にあてられて顔が上気していて、ニューイヤーパーティーの時のような気分に浸っていた。

「…聞いたよ、みんなを連れてきたの、君だって?」
「はい…事務所の外と温室の中を繋いで…だいぶ骨の折れる作業だったんですよ。ライブラのセキュリティを歪ませるようなものですから」
「君の結界が一役買ってるところもあると思うけど?」
「それはそうなんですけど…」
「でもとにかく驚いたな…事務所と温室は隣同士なのに、全然気付かなかった」
「みなさん静かに静かに準備を進めていたんですよ。スティーブンさん、去年も一昨年もその前も忙しくて祝ってもらえてなかったらしいじゃないですか!クラウスさんだってずっとそのことを気にかけてて…それに…」
「そうなんだよな…逆に今日空いてたのが奇跡だ…え、それに?」
「…私に教えてくれなかったじゃないですか、誕生日…今日だって」

アユは小さな声でそう言って、少しだけ俯いて頬をふくらませた。珍しく見せたその顔がたまらなく可愛くて、スティーブンは思わず眉間を抑えた。だめだ、今日は色々と…心的負担が多すぎる。近いうちに本当に死ぬかもしれない。

「あー…ごめんごめん。自分でもすっかり忘れてたくらいだからさ」
「レオさんが教えてくれなかったら、私だって気付けませんでしたって」
「悪かったって。あ、じゃあ今度…なにか奢るよ、お詫びに。今日のお礼もしたいし」
「それじゃあ誕生日の意味がないですよ〜…」

あはは、とのんびり笑って、アユは立ち上がった。

「どこかに行くのか?」
「まあ、そろそろ着替えないと…」
「えっ、なんで?」
「え?」
「そのままでいいじゃないか。可愛いし」
「かわっ…いえ、そういう問題じゃなくてですね、動きにくいですし…」
「あ!今度って言ったけど…これからディナーはどうだい?お嬢さん。良いレストランがある。ドレスコードだぞ」
「は!?いやだから、今日はスティーブンさんの誕生日であって、奢ってもらうのはちょっと…っていうか、その…よ、夜、誰かと一緒に…とかはないんですか?」

明らかに気を遣っているアユの言動に腹の底で笑いながら、スティーブンは目に見えてにやついた。酔いもいい感じにさめてきた。ずっと張り詰めて頑張ってきたんだ。特別休暇だってもらった。今日くらいは楽しんでも神様だって許してくれるさ。それに、誰かと一緒に…そう言われたなら、俺は絶対アユを連れていく。

「いないね。いいじゃないか!誕生日パーティーの主役がそうしたいって言ってるんだし」
「うう…いいのかな…」
「い、い、の!」

はっはっは、と楽しそうに笑って、スティーブンも立ち上がった。騒ぎも収まりつつある温室に戻れば、すっかり出来上がってしまったザップとレオナルドが突っ伏して眠りについていた。ザップはともかく、レオナルドお前は未成年だろうと言ってやりたかったが、気分がいいので目をつぶっておく。温室の入り口付近にクラウスがいたので、アユをエスコートしながらパーティーを抜けることを伝えに行った。

「今日は最高のパーティーをありがとう、クラウス。悪いんだけど…もうお開きにしてもらっていいよ。僕は特別休暇を満喫してくる」
「そうか、スティーブン。喜んでもらえて嬉しい。楽しんできたまえ。飲酒しているならばギルベルトに送らせよう」

少し酒が入っているくらいでは揺らぐことは無く、どっしりと構えたままのクラウスはなにやら嬉しそうにしていた。その横にいたKKにはものすごく睨まれたが、スティーブンの後ろに隠れていたアユをちらりと見てまた可愛い可愛いと抱きつき振り回し始めた。

「けっ、KK!アユが窒息する!」
「かわいいわぁ〜気をつけてよね?アユっち。何かされそうになったら遠慮なく魔法使っちゃってよ」
「むぐ…KKさん、き、きついです…」
「車は下にございます、スターフェイズ氏。いつでも構いませんよ」
「いやあ、すみませんギルベルトさん。あぁ…ほんとに、今日は楽しかった…こんなに幸せだと、近いうちにバチが当たりそうだなあ」

スティーブンが表情を崩しリラックスした様子で笑った直後。ビーッ!とけたたましい警報音が温室内に鳴り響いた。ザップとレオナルドは飛び起き、それまで騒いでいた連中も、スティーブンもKKも、アユもその場に硬直した。
ブツッ…と何かの電源が入ったような音がして、やや小さなテレビのスピーカーから男の咳払いが聞こえてきた。ついこの前にも聞いた気がする。スティーブンは「耳を塞ぎたい」と強く思った。

『やーあやあやあ諸君!ごきげんよう!堕落王フェムトだよーん!!相変わらず呑気に自堕落に過ごしているようで安心したぞ馬鹿どもめ!!お前達のようなゴミが野垂れ死んでようがパーティーをしてようがワーカホリックだろうが僕には1ミリも関係ないことなんだけどねぇ!!つい先日のことだ…覚えてるだろう?"夜なのに昼剤"!コインの表には裏がある。薬にも裏表があーるッ!!ということで、"昼なのに夜剤"を作ってしまったのさ!僕ってば天才!?』

ガタガタ、ガチャッ、と飲食物が片付けられ、下っ端構成員はテーブルも椅子も舞台もざっと直しにかかっていく。戦闘員たちが呆然としている中で、クラウスだけががっしりと画面を見つめその場に立っていた。

「…チッ」

KKが美しい舌打ちをしてアユを解放し、チェインも頭を抱えている。

『まあそういうことさ!僕は異常なこの街がさらに異常に染まるのが大大大好きなんだよ!!売られた喧嘩は買うのがライブラだろう?HLが凍てつく前に、僕をあっと言わせてみなよ!!アデュウッ!』

チュッとリップ音を響かせて、テレビの電源が切れた。

*
この後スティーブンが驚異的な恐ろしさと冷たさをもって血凍道を発動し、"昼なのに夜剤"事件を前回の半分の時間で強制的に終わらせたのは、また別のお話。

End.(Happy Birthday, Steven Allan Starphase!!)

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