避けられている。綾子に。
「ストーカーはよせよ」
櫻野が冷めた笑顔でそう言った。
「なに、君って山下さんと知り合いだったんだって?」
今俺は、授業が終わったあと素早く教室から出て、廊下で綾子が出てくるのを待ち伏せている。
綾子は俺が次の授業がある教室に行ったと思い安心して出てくるだろう。
そこを捕まえるのだ。がっしりと。
「…まぁ、同じ中学だったんだよ。ていうか幼馴染みで」
そんな待ち伏せ中の俺に話しかけてきた櫻野。
「避けられているみたいだね」
「……ほっとけよ」
ちゃんと話がしたい。だけど何を話したいのだろう。
とりあえず謝るべきか。いやいや、何を謝るべきなんだ?
「今の殿内本当にただのストーカーだよ。無理矢理捕まえようとしてるでしょ?普通に話しかけなよ」
「それでシカトされるから待ち伏せて…あ、ちょちょちょちょ綾子!」
クラスの女子と楽しそうに話しながら教室から出てきた綾子。櫻野と会話中だったからうっかり油断していたが、慌てて綾子の腕を掴んだ。
綾子は短い悲鳴を上げて俺を見た。手に三冊の教科書を持っている。やはり、俺が教室に居ないのを確認したから安心して教室から出てきたのだろう。
油断は大敵だぞ。
「ちょ、なに!?」
嫌そうな顔をしてぐいぐいと腕を引っ込めようとする綾子。ここで離すわけにはいかない、可哀想だが力を込めて腕を引っ張る俺。
「ちょっと話が…」
「話ぃ?今更なんの話よ」
「い、いろいろだよいろいろ」
ギクリと冷や汗が垂れるが、まぁ話していけばノリでなんとかなるだろう。とりあえずゆっくり話がしたい。
「ちょっと殿内離してあげなよ。山下さん嫌がってるよ」
場に不釣り合いなほど落ち着いた声で櫻野が言った。楽しそうな顔だ。嫌なやつ。
「離したら綾子が逃げるから」
「殿内がそんな気持ち悪いから逃げるんだよ」
その言葉にショックをうけてついつい力が弛んだ。俺の手からするりと綾子の腕が抜けるが、綾子は俺を睨んだだけでその場に留まっている。
「で?」
「え?」
「話しって?」
「あ、あぁ…えっと」
「…まさか忘れたの?」
「ん〜いやぁ…忘れたっていうか元から考えてなかった…みたいな?」
「…」
はははと笑う俺に氷のような冷ややかな目で俺を睨む綾子。そういえば綾子は嫌いな人間にはいつもこんな目をしていた気がする。
俺は一度だってそんな目を向けられた事はなかったのに。
「本当は用事ないんでしょ?じゃあ、次の授業があるから私行くよ」
「は?授業?お前昔から勉強なんかしてなかったくせに何が授業だよ。頭悪かったろ」
その冷たい目付きに本日二度目の、しかもさっきより大きいショックをうけ、綾子にあたってしまった。
綾子が勉強できないのは事実だし、昔はそんなネタで笑い合っていた。
まぁ昔と違って笑い合う事はできず、俺は綾子が持っていた三冊の教科書で思いっきり殴られたんだけど。
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