「櫻野くんってやっぱり頭良いね。勉強教えてくれてありがとう」

教科書やノートを整理しながらニコニコと笑う雪子。笑顔だけは変わらないような、やっぱりどこか違うような。


「ありがとう」
「学校の先生になればいいのに。ねぇ、櫻野くんは将来何になるの?」


雪子が記憶を無くして数ヶ月たった。雪子が雪子でない、そんな日常は僕にとっても他の生徒にとってももう当たり前になった。
こんな毎日に不満はない。いや、ないといえば嘘になるが。

不満を言っても仕方ない。


「そうだなぁ…雪子は?」
「うーん…何だろう」


頬杖をつき遠くを眺めながら雪子は考える。眩しい物を見るかのように目を細めながら。


「昔私は何になりたかったんだろう」


ドキリ

心臓が高く鳴った。

「無くしてしまったのは、勿体無いなぁ…」


そのままの体制で目を閉じて、なんとも言えない表情で黙り込む雪子をみて、何か答えなきゃと焦る。

彼女が無くした物はたくさんある。


「…雪子は雪子だから」

そういうとパチリと目を開けた雪子は僕をジッとみた。

「雪子は雪子か…アリス学園を卒業して、帰る家はあるけど、私の両親の事を私は覚えてないの。
私が幼い頃やほんの数ヶ月前まで夢見ていた事も覚えてないの。
それなのに、私は私なんて、言っていいのかなぁ」

変わらない表情で僕をみる雪子の目だけはひどく寂しそうだった。

何年も前から変わらない瞳。


「だけど雪子は雪子だよ。根本的な所は変わっていない。自信をもって。
君は覚えていなくても、僕は君を覚えているから」


そう言うと雪子は嬉しそうに笑う。


雪子を通して雪子を見ているような不思議な感覚に意識が遠くに飛んでいきそうだった。

そっと僕は目を伏せた。


全て上辺だけの綺麗な言葉。
それがバレてしまわないように。












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