私は自分からトム・リドルに絡みにいく事は無かった。元々トム・リドルそしてヴォルデモートは好きで無かったからだ。

ハリー・ポッターの世界にトリップでき、しかもハリー・ポッターのキャラクターと出会えた事はとても嬉しい事なのだろうが、まさかのトム・リドル。

神様は私が嫌いなのだろうか。
せめて親世代に。一番好きなのはハーマイオニーだが。


しかしこれは仕方のない事で。


私は前世(前世なのだろうか)で経験できなかった9歳からの時間を楽しんだ。キャシーやその他の人とたくさん遊び、学び、毎日充実していた。


そんなある日の事。


部屋で1人本を読んでいると悲鳴が廊下から聞こえた。何事かと部屋を出ると人だかりが出来ていた。


「どうかしたの?」


近くにいた女の子に声をかける。


「あ、あれ…」


女の子が指差した。先には兎。天井の垂木から兎が首を吊っていた。
思わずひっと小さく悲鳴をあげ女の子の服を掴んだ。

兎は死んでいる。


「トムだ!!」


急に人だかりの中心から男の子の叫び声がした。私はもう、すっかり忘れたと思っていた本の内容が蘇った。


「トムがしたんだ!昨日僕とトムは喧嘩した!その腹いせにトムがしたんだ!」
「落ち着きなさいビリー。トムがどうやってあそこに登ったと言うの」
「トムは変な力があるから、その力を使ったんだ!」


本では、院長とダンブルドアの会話でさらりと書かれていた事だ。このシーンを読み、なんて酷い人間なんだと思ったのを覚えている。
それを体験してみて、私はこのシーンを読んだ時とはまた少し違う気持ちになった。

ぐったりと目を開けて死んでいる兎も、人だかりも、泣き叫ぶビリーも。怯える孤児院の子供達も、億劫そうな院長も、本には書かれていない事。







「と、とむ」

今私はクィレル先生のようだろう。


「なに」


トムの瞳が赤い。怒っているのだろうか。
きっとビリーの兎の事を尋問されていたのだろう。


「まさか君も僕に兎の事を聞こうとしてるの?」
「えーっと」
「じゃあ僕がどうやってあそこに登ったって?ビリーの兎を捕まえたって?いつそんな時間があった?あそこは人通りが多いんだ」


ギラギラとした赤い瞳に怯む。怖い。


「違う。私はトムに兎の事を聞こうとしてるわけじゃない。あなた、不思議な力があるって本当?」


何も考えずに廊下を歩くトムを捕まえた。トムをどうにかしたかったのだ。
助けたい?お近づきになりたい?自分でもわからない衝動にかられた。

そもそもファーストネームで呼んでいいのだろうか。親しくもないのに。



トムは私の質問に意表を突かれたという顔をしている。


「…ほんとだよ」
「どんな力?」


そう問うとトムはしばらくジッと私を睨みつける。
しばらくしてトムは左手を挙げた。何をするのだろうと左手を見つめると、どこからともなくキャンディが飛んできてトムの左の掌に収まる。


「すごい!」


魔法だ。当たり前だが初めてみた。

トムは魔法遣い。そうだ、将来トムは世界を脅かす闇の帝王になるんだ。

その帝王の幼少期なんだ。


改めて思うとなんだか私はすごい場面にいる。気がした。


「誰にも言うなよ猿」
「…私は猿じゃない」


興奮している私にトムは冷たく言った。それで私の興奮も冷めトムの瞳がもう赤くない事に気づいた。


「ふん。じゃあ名前はなんていうの?」
「ユメコだよ。ユメコ・アリカワ。言わなかったっけ?」
「覚えてないね。これ口止め料でやるから」


トムが魔法で呼び寄せたキャンディを私に投げる。上手くキャッチできた。


「ありがとう。言わないよ」
「僕は君を信用したわけじゃないから。ただお前は馬鹿そうな猿だから言っただけだからな」


瞳は赤くなくとも冷たい目。まだ幼いのに。


「楽しく生きればいいのに」


貰ったキャンディを口に含む。レモン味だ。


「…楽しく?」
「周りの子みたいに」
「え、君って本当に馬鹿なんだね。僕は普通じゃないんだ。特別なんだよ。だから周りの奴らみたいにはしないんだ。ねぇ、わかる?」
「…わかる」


わからない。
特別なら、普通じゃないなら周りと同じようにしちゃダメなのだろうか。


「なにその顔」
「いや…」
「言っておくけど、最初に避けだしたのは周りだ。僕の瞳が気味悪いって、周りと違うから気味悪いって避けだしたのは周りだ」


可哀想な人。
なんて、可哀想な人なんだろう。

親に捨てられ周りから避けられ、歪んだ性格。誰も信じず周りを傷つけながら生きている。

それは自分自身も傷つけているではないか。


「…そっか」
「そうだよ。まぁ君にはわからないだろうけど」
「うん。わからない」


驚いたように目を少し開いたトムはすぐに無表情を取り戻し、「そう」とだけ言って私に背を向けどこかに行った。






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