夕食はとても食べる気にならない。
誰かと顔を合わせるのも嫌だったし、まず食欲なんかわかなかった。
だから食堂には行かず部屋に居た。

今私はその行動を後悔している。



「ユメコ、食事が片付かないから早く来てって言ってるわよ」


ドアの方から声がした。キャシーだ。


「…わかった」


運がないというか。なんでよりによってキャシーなんだ、と、肩を落としてドアを開けた。


「珍しい。ユメコが食事に遅れるなんて」
「まぁ…宿題が片付かなくて」
「え?もう夏休み終わるでしょ?まだ片付けてないの?」
「終わらせるもん」


私がそう言うとキャシーは「らしいわね」と笑った。久しぶりにキャシーが私にむかって笑った。

宿題なんてとっくに終わっているのに。どうして友人だったキャシーにこんなくだらない嘘をつかなくちゃいけないんだろう。







食堂に行くと誰も居なかった。片付けも済んでいるらしく私の食事も見当たらない。
キョロキョロと周りを見ていると、食堂に職員が入ってきた。


「ユメコ、来るのが遅いよ。もうあんたのぶんの食事も片付けたよ」


もっと早く言えよ。さっきと違いお腹は食事を迎え入れる体勢に入っているのに。

とぼとぼと部屋まで帰っていると「やぁ」とやけに楽しそうな声の人物に呼び止められた。


「…楽しそうだねトム」
「他人の不幸は蜜の味っていうだろ?こんな孤児院じゃ普段はいただけない食後のデザートをいただけたようで、嬉しいんだよ」


夏休みの私への徹底したシカトはなんだったんだ。そう感じる程にトムは機嫌がいい。

私が食事を食べ損ねたのをなぜ知ってるのかなんて今さら疑問に抱かない。だってトムだもん。
それにしても、たったこれだけの事でトムがこんな上機嫌になるとは考え難い。何を考えているのだろう。


「ねぇユメコ」
「なぁに」


徹底したシカトは許そう。というかこのトムに私はかなうわけがないのだ。
許さない、なんて選択肢は最初から無いのかもしれない。


「あげる」
「……飴?」


トムはずっと持っていたのか、飴玉を私に渡してきた。


「…腹の足しにはなりそうにないけどいただくよ」
「は?これは君の空腹に同情してあげたわけじゃないよ。口止め料だよ」


何の口止め料。そう聞こうとしたがトムが私の方にずいっと歩み寄ってきた。
驚きで私の言葉は引っ込んでしまった。



近い。これまでに無いくらいに近い。



「ねぇユメコ、僕はビリーのうさぎは殺していないんだよ」
「…え?」


随分タイムリーな話題だ。今日ビリーと話した事を思い出す。


「あれは僕じゃない。僕は魔法を使われるから疑われただけなんだよ」
「…じゃあ、トムはビリーのうさぎを殺してないの?」


私が恐る恐るトムに問いかけるとトムは微笑んだ。相変わらず顔が良いな、なんて場違いな事を考えてしまう程に綺麗に微笑んでいる。

こんなに間近で見ているのにトムの顔には欠点が見当たらない。


「…ユメコはどう思う?」
「私がどう思うかじゃなくて、トムはうさぎを殺したかどうかを聞いてるの」


私の反応が予想外だったのかトムはピクリと眉を動かした。綺麗な顔なのにもったいない。


「おかしいなぁユメコったら。やってないって言ってるじゃないか」
「…じゃあ、私はトムを信じるよ」


しばらくトムはじっと私の目を見ていた。何かを探るような目だ。そんな目で見られるのは心地悪いが、なんとなく視線を反らすわけにもいかずしばらく見つめ会う形になっていた。


私の手のなかの飴玉の袋が小さく音をたてる。








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