「ユメコもう来てたの」
「あ、うん。勝手に入ってごめんね」
「構わないよ」
部屋に戻ってきたトムは手に紅茶を持っていた。そうか、紅茶を入れていたんだ。こんな寂れた孤児院にも紅茶なんかあるんだなぁ。
なんて考えているとトムの視線が私からズレたのがわかった。ベッドの上の、私の隣に置いてある本に向けられた。
そしてそのまま私に視線を戻す。
心臓がうるさかった。
私は何もしていない。ただ本を読んだだけじゃないか。悪い事はしていない。勝手に本を読んでしまったが。
なんでこんなに緊張するんだろう。あんな目を私に向けてくるのは、誰だ。
「…読んだ?」
トムが口を開いた。
紅茶はベッドの隣にある学習机に置いたようだ。隣には私の宿題。よく見えないがティーカップは2つある。
2つも紅茶を持ったままドアを開けるなんてトムは器用だな。
「本を?」
「うん」
何と答えるべきなんだろう。
トムをみるが、恐ろしい程に何を考えているのかわからない。そんな私と違いトムはその目で私の全てを見透かしているようだった。
「…許されざる呪いって」
「読んだんだね」
構わないけど。トムは小さくそう言って黙り込んだ。
(え、なになになになに、なんで怒ったりしないの)
何も言わずどこかをみるトムに焦り始める。私は何も悪くないが、また例の冷たい目か赤い目、もしくは罵声を浴びせてくるかと思ったのに。
「…あ、勝手に読んでごめんね?」
「構わない。バカにはわからない内容だし、ていうか読まれたところで支障はないから」
ごめんなさい流石にバカにもわかる内容です。とは言えず「そう」と言って私も黙り込んでしまった。
「だけど、わかったみたいだね」
「え」
ドキリと心臓が高鳴った。どこかを見ていたトムの目は、今は私をしっかり見つめている。
「ユメコの様子をみるかぎり、本の中身わかったみたいだね」
「え…あ、バカにしないでよ。これくらいわかるよ」
上手く笑えていないだろうか。
どうして私はこんなにも動揺しているんだろうか。本を勝手に読んだから?
それについてトムは「構わない」と言っている。トムはそのような嘘を私にはつかないだろうから本当に構わないのだろう。
じゃあなぜトムは普段とこんなにも態度や雰囲気が違うんだ。トムは今まで私に対してはこんな雰囲気をかもし出さなかった。
「来て」
「え?あ、トム?」
キャビネットの上に置いてあった杖を手にとったトムは「来て」そう言って部屋を出て行った。あまりにいきなりすぎてポカンとトムが出て行った部屋の入り口を見ていたが慌ててついて行く。
途中なんだか見知った様でよく覚えていない孤児院の男の子とすれ違った。なんだかこちらを睨んだような気がしたが、気のせいだろう。
到着した場所は孤児院の裏庭。とてもジメジメとしている。孤児院自体陰湿だがここはそれ以上。
夏なのにひんやりとしている。日が当たらないせいか生えている植物は少なく、生えていたとしても暗い色をしている。湿気ていて気味が悪い。
キョロキョロと周りを見渡してみると見つけたものがあった。
こんな裏庭に不釣り合いなピンク色した可愛い生き生きとした花だ。
だがそれは「生えている」わけではない。
「ねぇ、この花なにかわかる?」
私の前に立っていたトムが杖で花を指した。魔法を使う気だろうか。夏休みに校外で魔法を使うのは禁止されているはずだ。
「植物には詳しくないよ」
私がそう答えるとトムは笑った。高笑いのような笑い方。いきなり笑い出すなんてトムらしくない。
しばらく笑ったトムは杖をジーンズのポケットにさした。
「バカだなぁ。まぁ、ユメコは一生そのままでいいけど」
そう言うとトムはくるりと体を回し孤児院の建物の中に入っていく。
「は?え、ちょっとトム?なんでこんな所に連れてきたの?」
「暇だったからユメコにちょっと面白いものを見せてあげようと思ったんだよ。だけど気が変わった」
さぁ早く宿題を終わらせよう。
そう言ってルンルンと上機嫌に歩くトムの後ろ姿を呆然とみる。
何なんだと不気味に感じた。
連れ回された事への怒りや、急に上機嫌になったトムを不思議だなと感じる以前に、不気味に感じた。
トムはまるで得体の知れない何かのようだ。
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