「じゃあ、いってらっしゃーい」


元気一杯な鳴海先生とは裏腹に自分は溜め息。と同時に『校長室』とプレートのかかった部屋の扉をノックする。

扉から既に凄まじいオーラが出ており萎縮してしまう。


ーーー早く寮に帰ってゆっくりしたいから不在であってほしい。ないだろうけど、長期の出張とか行っててほしい。


なんて思うも部屋からは無慈悲に、はい。というノックへの返事が返ってきた。
仕方がない。重い重い扉を開ける。


「失礼しまぁす…」


扉を開けると広い広い広い部屋に高い天井。高級そうなソファー。何だかよくわからない生け花。きらびやかなカーテンと、その奥にある大きな窓。
窓から射し込む光のせいか、部屋がキラキラと輝いて見えた。
何もかもが完璧で塗り固められた部屋の中央奥には、どんな家具にも負けていない完璧な人。

行平校長先生。


校長室、という場所には馴れているはずだが、いや、そのせいか。緊張して変な笑いが込み上げてきた。


ソファー、座ってみたいなあ。


「久しぶりだな」
「あ、久しぶりです」


行平校長は読んでいた資料をまとめながら、座りなさいと言うようにソファーを顎で指した

よし、校長の了承ゲットだぜ。


見るからにふかふかなソファーに遠慮なく座らせてもらう。うん。思った通りだ。

背もたれに寄りかかり、スカートのプリーツを整える。


見慣れないブラウンのチェック。そういえば朝からネクタイ絞めるのに戸惑ったな。

しばらくして、テーブルを挟んで向かいのソファーに校長先生が座った。背筋を伸ばす。
綺麗な瞳と視線がバチリと交わった。


「体調は良くなったようだな」
「おかげさまで!とっても良くなりました」


びしりと敬礼を作り答える。
行平校長はいつもの無表情だけれど、その奥からは優しい空気を感じた。
……ような気がした。


「あの、私ほんと行平校長には感謝してるんです。あんまりこういう事言うの得意じゃないんで上手く言えないんですけど……」


私はこの約二年間、学園の外の病院に居た。
その際に学園の附属ではない、田舎の小さな総合病院に入らせてもらっていたのだ。

本来ならば学園の中の病院、外部だとしても学園附属の病院への入院というのが一般的だろうが、そうならなかったのは行平校長含むいろんな人の配慮というか優しさというか。

それがどれだけ難しく、そして私にとってありがたかったのかを思えば、こんな上等極まりない超高級なソファーに座り行平校長と目線を合わせるなんて。あってはならないのだが、まあそれはそれとする。


「当然の事をしたまでだ。西有はこの学園の生徒だからな」


特に表情も声色も変えない校長先生の、節々に秘められた感情を汲み取りたくて神経を集中させながら会話をする。


「ところで、無効化のアリスの子が初等部に入学してきたらしい」



集中、と己に言い聞かせた途端、長い足を組ながら行平校長が言った。
さらりと急に言うものだから「あぁ、そうですか」と返しそうになるが、無効化というワードに食い付かない訳にはいかなかった。


「……鳴海先生が言ってた子かなあ。初等部に入ってきたって言ってたんです。元気な女の子が」


さっき整えたプリーツを再び整える。フリ、だが。


右手でスカートを撫でる。

その話題に触れないで欲しい。行平校長から、連想させる言葉を聞きたくなかった。


「あ、鳴海先生と言えば!!私、もう行きますね。鳴海先生が待ってるかも」


私はいかにも今思い出した、急に思い出したと言わんばかりに立ち上がり、パンパンとスカートを撫でた。

行平校長も続いて立ち上がる。私が向かうより先に扉の方まで歩き、ドアノブに手をかけた。

行平校長により開けられた扉の向こうから、この部屋とはまた違う光を感じた 。
もう夕方だ。


「校長先生のお手伝いは何も出来ないけど、私本当に本当に感謝してます。これは本心です」
「そう何度も言うな」
「100回でも言いますよ!ありがとーございました!」
「私の自己満足のようなものだ。そう気負いしなくていい」


自己満足。にしては度が過ぎているような。それでも有難い事に変わりはないのだが。

もう、深くは考えないようにしよう。






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