翌朝、明良に会った。


「春希ちゃん」


普段はそうそう話しかけてはこないのに。昨日の今日だ、良くない話題だろう。
別に私自身は機嫌が悪かったわけではないが、明良が話しかけてきた事により機嫌は急降下。


「おはよー、あき……」
「アリス紛失といったら春希ちゃん」


ら、と続く私の朝の挨拶の言葉を遮って明良は言葉を発してくる。
朝から重い話題のようだ。

明良は中等部からの生徒だから、私のアリス云々については知らないはず。
が、ここはアリス学園。ほとんどの生徒が持ち上がりで幼馴染みだったりする。

噂なんかで聞いているのだろう。こいつの友達には新聞部の速水くんが居たし、噂じゃなくても情報はいろいろと仕入れているはず。


「私、別に紛失者じゃないんだけど……」


イライラしてきたが、ぐっとこらえて苦笑いを浮かべる。
あぁ、昨日見逃さなきゃ良かった。秀に差し出してやれば良かった。いやもう教師に突き付ければ良かった。


「知ってるだろ?蜜柑の友達が紛失者として学園を追い出されるかもしれないって。
もし何か知ってるなら……」
「知らない」

飛田くん、良い子そうだったな。いつから学園に居るのだろう。家族は元気なのだろうか。優等生賞をとったという事は頭も良いし、きっと家族が好きなのだろうな。学園生活、楽しいのかな。

私は何をしてあげられるのか。何を、してあげないといけないのか。

きっと私は何も知らない。


「私はただ能力の形の1つでアリスを無くしただけ。当時学園に盗みのアリスの生徒が居たし、特力の先輩でさ。仲良かったからそんな噂があるけどね」


明良はどこまで知ってるのだろう。
私は自分がどんな噂を流されてるのかは大方把握しているつもりだ。

噂とは恐い物で、半分は本当で半分は嘘なのだ。こいつは、どこまで信じてるのだろう。

「噂ねえ」
「そう、噂だよ」


自分に言い聞かせるつもりでそう言った。


「俺がここに来た時もおかしいなとは思ってたけどさ、昔危険能力系だったわけ?」
「まだそう名前がついてない頃ね」
「増減とカウンターのアリスねぇ」
「……明良がさー学園にきたばっかの頃。私ほんと明良の態度が無理で、イスごと蹴り倒したじゃん?あれ覚えてる?」


この空気と探りを入れてくる明良の思考を変えたくて昔の話題を持ち出した。
あれは中等部時代。それこそ私が特力なのか危力系なのかハッキリしなかった頃。

転入してきた明良の、女というか他人をナメている態度と言葉、そしてそのアリスに私はいろんな思いを募らせていた。勿論悪い意味で。
そしてたまたま私の機嫌が悪い時に変な話題を吹っ掛けてきた明良に対して我慢の限界が来てしまい、イスに座っていた明良の肩を蹴りイスごと倒したのだ。


明良とクラスメイトの驚いた顔は忘れられない。忘れたいけど。


「ちょっと嫌なこと思い出させるなよ……あれは俺も反省してるから春希ちゃんも反省してくれ」
「あはは、お灸だよお灸」


増幅のアリス。野田先生にそう紹介された時からずっと明良は苦手人物だ。

私の中から無くなってしまった増減のアリスと同じような能力。
ただ、私は他人のアリスの力を弱める事も出来たが。似たような物だ。


思い出す。
そこから連想ゲームのように、昔の事を。


「とりあえず、今はカウンターのアリスしかないわけねぇ」


話反らし作戦は失敗したようだ。
普段なら察して引き下がるのに。よほど切羽詰まっているのか。


「他人のアリスを跳ね返すアリスって聞いたけどさ、昨日俺に何か違うアリス使ってたよな?」
「……さあ、何のことかな」


話す気はありません。そう言うように目線を明良からずらした。


ここは高等部の校舎の中。いつもと同じ、やっと見慣れてきた風景。
皆同じ制服を着て、同じようで全く違う生活を送っている。


「そっか……悪いな、朝から」


ごめんね。呟きたかった言葉を飲み込んだ。
私は明良のように、素直な、真っ直ぐな支え方を知らない。立ち方さえ分からない。

そうだ、何も知らないのだ。






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