ただの貧血だったので寮には帰れた。疲れたので食事はとらずさっさとお風呂に入って寝た。これがダメなのだとわかっているが、睡魔には勝てない。
「静音ちゃん綺麗!」
今から後夜祭。過ぎてしまえば早いもので、この文化祭は意外にも楽しく過ごせたかもしれない。
後夜祭のために用意されたドレスに着替えた静音ちゃんをみて、思わず叫んだ。うるさいと言われたが、きっと照れ隠しに違いない。
「いいなー綺麗だなー私も静音ちゃんと踊りたいなぁ」
「なんで高等部にもなって女の子と踊らなきゃなのよ」
「いいじゃん」
「いやよ」
想像以上に静音ちゃんは綺麗だ。想像でも綺麗だったが、それ以上。自分が惨めになるから胸元には目をやらない。
「春希さん綺麗じゃん」
テーブルについていると翼と美咲が現れた。静音ちゃんは丁度席を外している。
「あらどうも。美咲ちゃんもキレイキレイだよー」
「なんだそれー」
ケタケタ笑う美咲の隣の翼が何だか大人っぽい。勿論美咲も。
私が知ってる初等部の2人はもう居ないんだなと思う となんだか悲しい。
自分だけがいつまでも取り残されているような。
浦島太郎現象というやつか。
「ていうか一人なの?」
ふと翼がそう聞いてきた。ちょっとは気をつかってほしい。
「…いやまぁ静音ちゃんとほら、一緒だよ」
「山之内さんさっき男の人と踊ってたけど」
「う…」
そうだ。
私と静音ちゃんが仲良く食事をしながら談笑していると高等部の、多分技術系の生徒が静音ちゃんをダンスに誘いにきたのだ。
静音ちゃんはすごく面倒臭そうだったが、断ったら男子生徒がかわいそうだったので私が無理やり静音ちゃんを行かせたのだ。それはそれで男子生徒にも失礼だったかもしれないが。
お陰で今は翼が言うように一人なのだ。
何が悲しくてドレスを着て一人で食事をしなければいけないのだ。チラチラと周りの哀れむような目が痛い。
「だって静音ちゃん綺麗だから…」
「春希さん踊んねーの?」
テーブルの上のチキンを勝手に食べる翼は私に問いかけた。その手で私に触るなよと強く思う。
「…あー、踊らない」
「ふーん。春希さん浮わついた噂ねーよなー」
悪かったねモテなくて。私の目の前の中学生にして夫婦なんて言われている二人に少し苛ついた。
「まあ私だって昔は噂の一つや二つ……」
「それも噂止まりなんだろー?あはは」
「……ころす」
「いやーん物騒な……ほら、もう殿とくっついちゃえば?」
同い年で特力だし。なんて言う翼に「流石にそれはねーよ」と美咲が笑うが、本当冗談じゃない。
「やーめーろ!!あれはないない、なしなしナシナシ」
顔の前で目いっぱいに手を振る。
頭にあの、あの顔が浮かぶ。やだやだ不吉。
「ま、二人はイチャイチャしてきなよ!」
椅子に座っていたまま力いっぱい二人を押す。
照れ隠しに「イチャイチャなんかしねーよ!」と仲良く叫ぶ夫婦は喧嘩しながら去っていった。
懐かしさに表情が緩むのがわかる。
変わらない物、変わった物は沢山ある。私の知らない時間だ。変わるなという方が無理なのだ。
だからこそ、憎いのか。
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