季節は夏。

じとりとした空気は足どりを重くするが、止まることなく春希は走っていた。なるべく日影を走る。
汗で髪が首に張りつき気持ちが悪い。

しかし目的地である花姫殿地下は空気がひんやり冷えており、汗がひいていくのを感じた。


「レイ」


春希は地下牢の少年に声をかけた。
こちらを振り向き笑顔を浮かべたレイに春希も笑顔を返す。


決して開けられない牢獄の前。ぺたりと座り、手だけを少し牢獄の中に入れる。





初等部校長に連れてこられた日から週に何度か春希は名前の無い男の子に会いに来ていた。

最初は連れられ無理矢理だった。

お互いに上手く話せず時間の無駄に感じたが、次第に慣れてきてか普通に話せるようになってきた。いくつか歳は離れているが、お互い世間知らずなせいか話も合う。


同じ歳の友人はおらず、柚香ちゃんや野田くんには気軽に会いにも行けないので、今はもう自主的に一人でレイに会いに来ている。




「ねぇ、春希のアリスも無効化なの?」


レイも手を伸ばし、半袖から露出された春希の腕を触りながら言う。


「わたしはちがうよ」


春希もまたレイの手を触りながら言う。そこからじわりと痣が広がっていき、春希は腕を引っ込めた。


「でも僕が触った人は皆僕みたいに痣だらけになるんだ。春希はどうしてならないの?」


春希が腕を引っ込めたと同時にレイが言った。そういえば、レイにアリスの話をした事はない。


「わたしは、カウンターのアリスだからだよ。行平先生みたいなアリスなんだって」
「へぇー」


レイは行平先生と知り合いらしい。
この牢獄から出たことはないが、最近行平先生が会いに来ると。

春希がレイに出会った当初は名前の無い彼だったが、レイという名前も行平先生がつけてくれたと嬉しそうに話していた。


「でもわたしのは行平先生のとちょっとちがうみたいなの。だからレイにあざがふえちゃうの」


そうなんだ、と呟いたレイは春希がさっきまで触れていた箇所を見る。一部分だけ不自然に濃い痣。

春希のカウンターのアリスにより跳ね返されたレイのアリス。自分を守る変わりに相手を傷つける。


「でも僕全然気にならないよ。春希が来てくれるの嬉しい」


ニコリと笑いながらレイは言った。

悲しい時は悲しいと言う。嫌な時は嫌と言う。楽しい時は楽しいと言い、嬉しいときはニコリと笑いながら嬉しいと言う。

レイはどこまでも素直だ。

こんな所にずっと居るが、何よりも綺麗な気がしてならない。
外に出て様々な思いをするより、こうして何もしらない方が綺麗に笑えるのか。

嫌だと拒絶を諦めたり、嫌われないようにと無理矢理笑顔をつくる事もしなくて良いのか。


「僕も春希みたいに外に出たいなぁ」


ぽつりとレイが呟いた。

どうしてレイがここに閉じ込められているのか考えた事がある。見た目がこうだからなのかと最初は思っていた。

しかし本当の理由はレイのアリスが危険だかららしい。春希はカウンターというアリスだからレイのアリスを危険だと感じた事はないが、人の命を奪える程に危険なアリスらしい。


「でれるよ、いつか」


でも、危険だからと閉じ込められるものなのか。

任務だと連れられて一緒に居る生徒のアリスも十分に危険だ。春希はそのアリスの力を最大限に強くし、任務だからといろんな事をする。

そんな他の生徒や春希自身もこうして外に出られているのだ。きっとレイも、いつか出られるはず。


「その時はいっしょにおさんぽしよう」


春希がそう言うとレイがまた笑った。






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