後悔したって遅いものは沢山ある。
それを痛感したのは三歳の時だ。もう全く覚えていない両親の事。実家での生活。
覚えていないのに忘れる事ができない。そう言うといつも不思議がられ笑われるが、実際そうなのだ。
忘れる事はできないのだろう。
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「はぁー?」
初等部の寮に行平の声が響いた。
「黙らんか!もうA組の生徒は寝ている時間だぞアホ行平!」
二十時。確かにA組の生徒は寝ている時間だ。しかしここからA組の生徒が生活している部屋までは遠い。
しかしそんな事はどうでも良い。行平はじんじんに話の続きを催促した。
「で、春希が暴力を奮われてるって…」
「正確には奮われていたかもしれない、だ」
「いやいや正確になんかどーでも良いんだよ」
「どうでも良くないだろ。寮母ロボットの話によると、体の至るところに傷があるらしい」
「傷…。任務の時についた…?」
行平がそう尋ねると神野は首をふって答えた。
「入学したときからだそうだ。それに傷が増えてはいないらしいから、任務の時に傷ついているわけでもないな」
行平の頭には一つの考えしかなかった。家から出た事もない春希に傷をつける事ができる人物なんて限られてくる。
「じゃあ、親?」
「だろうな」
はぁ、と行平と神野のため息が重なった。
とりあえずもう初等部の寮に用はないからと二人で寮を出た。
外はもう暖かくそろそろ半袖の季節だ。
桜もいつの間にか散っており、今年は柚香の事もありゆっくり桜をみる時間もなかった。しかし、今までの人生にゆっくり桜をみた時間があっただろうか。思い返してみれば、それは自分にとって大して必要な時間ではないようだ。
「でも俺が調べた限り、春希の両親は学園に居るときは生活態度も成績も良好で子供に暴力奮うような感じではねーけど…」
「お前が調べた限りではな」
なんだその言い方。行平はつい言い返しそうになったがそれは結局誰にもわからない事なのだ。
まだ幼い本人に聞くという酷な事はできないし、ただの原因不明の古傷のために両親の卒業後を調べるわけにもいかない。
行平が知る春希の両親の情報は、春希がどんなアリスを持つ可能性があるか調べた時のそれだけ。
「…病気もしてなかったし、そういう事は調べなかったけど、そういうガキも居るんだよな」
振り返って見えた初等部の寮。窓に灯る光はどこか冷たく見えた。
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「だれ…」
春希は校長先生の手を強く握った。
いきなり連れてこられた場所は今まで来たことのない場所。どこかの地下。
そこに居たのはほぼ全身に痣のある男の子。怯えた様子でこちらを見ている。
「名前はないんだよ」
校長先生が言った。名前がないとはどういう事だろう。それならなんと呼べば良いのだろうか。
春希は考えたが答えが出そうにないので考えるのをやめた。
「この子は親に捨てられたんだよ」
男の子はこちらを見ている。冷たい目だ。声をかけるべきなのだろうか。でも名前が無いのだ、この男の子は。
「すてられた…?」
それもまたうまく理解が出来なかった。人を捨てるとはどういう事か。名前がないから捨てられたのだろうか、冷たい目だから捨てられたのだろうか。
わからない。答えが欲しくて校長先生をみた。
「そうだよ。春希と一緒だね」
その言葉は男の子の目よりも冷たかった。
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