四月。本日まさに春。キラキラと草木は輝き、吹く風は暖かい。
出会いの春。



「すいません…泣きやまなくて」
「いやぁ構いませんよ」

アリス学園正門前。行平和泉が抱きかかえた少女は三歳。今日からアリス学園に入学する西有春希だ。
この世の終わりかのように泣いている。

正直行平は面倒くさいと感じていた。

「普段めったに泣いたり怒ったりしない子で気味悪いんですよ。なのに今日はこんなに泣いて…」
「まだ小さいし親との別れは寂しいんっすよー」

母親にしてはまだ若い綺麗な女性はため息を一つ。つられて行平もため息をつきそうになったがぐっと堪えた。
仕事仕事仕事仕事仕事。自分に言い聞かせる。

「じゃあね春希。ママ行くから」
「う…やだぁ」

春希は行平の腕の中から精一杯腕を伸ばし女性の洋服を掴んだ。行平の隣に居る神野はよくあるこの光景に小さくため息。
おいおい俺はさっき我慢したのに、と行平は声に出して愚痴をこぼしそうになったがこれもぐっと堪えた。



まだ三歳だ、仕方がない。そう分かってはいるがやはり面倒くさい。これではまるで悪役だ。

アポなしで来られたから、これが終わったら初等部校長室に行き入学の手続きをしなければならない。
初等部校長は嫌いなのに。面倒くさい。明日は能力別クラスの日だから授業の準備もしなきゃだ。あ、明日の一時間目の理科の授業は校庭に生える植物観察だったな。チビ達言うこと聞くかな。あぁ面倒くさい。


「もう、いい加減にしなさい!」

女性はピシャリと春希の手を叩いた。
考え事をしていたためほとんど意識が飛んでいた行平は驚きで思わず肩が跳ねた。それと同時に春希は女性の服を掴んでいた腕を引っ込めた。


「私はもうあなたの親でもなんでも無いんだから、甘えないの!」

そう言った女性は行平と神野、娘である春希に何かを言うでもなく三人に背を向け去っていった。


「…うっわぁ〜流石にありえねぇ」
「まぁ、アリス学園を孤児院か何かと勘違いしている親は少なくはない。ここは孤児院とは違って国から金も貰えるからな、好都合だろう」


大抵の親は我が子と離れまいと学園から逃げたり、入学する際には家族で号泣したりするものだ。しかし神野が言うように金目当ての親も居る。


あの女性は間違いなく後者だ。
アポなしで学園に来るやいなや、守衛を伝い初等部の教員を呼び出し「私も夫もアリスだからこの子もアリスのはずだ。入学させてもらいたい」と言い出した。


いくらアリスの可能性が高いからと、まだアリスかどうかもわからない生徒を入学させる事は出来ないと。そう言っても聞かず、無理やり行平に渡したのだ。





「そんなに我が子と離れたかったんかなあいつ」
「いろんな親が居るからな。あんな親と過ごすよりは学園で過ごす方がマシだろう」
「うーん。だけど入学したら二十歳まで外出られないとか監獄」


いつまでも行平の腕の中で泣きじゃくる少女。泣くな泣くなと頭を撫でるも、泣き止む気配さえなし。


「例えあんなでも、唯一頼れる人間だったんだろうな。このくらいの子供の世界にはまだ親しかいないというのに」

神野が深く息をついた。つられて行平も息をつく。


「…あー、なんだかなぁ」

モヤモヤとした気持ちに包まれる。
泣いているこの子も、隣で顔をしかめる同僚も、自分のこの気持ちも、四月の晴天の下には不似合いだ。






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