「春希ちゃんともお別れ」


何の事かと首を傾げる春希の頭を馨はぽんぽんと撫でる。とりあえず笑っとけといった感じに春希は口角を上げた。


「かおるちゃんどこか行くの?」


笑みを浮かべながら問いかけてくる春希を抱き上げた。ずっしりと重さを感じる。
ゆるりと吹く風で春希の髪がなびく。髪の毛越しに見える景色は格子の外ように映る。

桜が吹雪いている。

やっぱり、分からないか。

この子はいくつだったっけ。

撫でても抱き上げてもされるがままにしている春希の目をジッとみる。
春希も大きな目で見つめ返してきて、馨が笑うと春希もまた笑った。


「良い子やね。相変わらず」
「ありがと」


初めて会った時をぼんやり思い出して、あぁこの子はすっかり変わったなぁと感じた。自分自身への馴れか、何かがあったのか。おそらく、どちらも。

どちらであっても、この子の関係はもうなくなるのだけれど。


「ねぇ、かおるちゃんどこか行くの?」
「まぁねー」
「えー?どこに?」


特別仲良しだったわけではないし、柚香が甲斐甲斐しく世話をしているのを見て遊んだりしていただけだけ。それでもよくなついてくれたものだ。
絶対に無理だと思っていたのに。

真ん丸に目を見開き、ぐいっと顔を近付けてくる春希も、何年後かにはすっかり馨の存在は忘れてしまうのだろう。
まだこんなに小さいのだ。これから先いろいろな経験をしていろいろな人と出会って。そうして昔関わった人間なんて頭の隅に小さく追いやられる。
自分もまたして誰かを忘れてきたのだから。

風が止み春希の髪は動きを止めた。


「学園から出てって、外の世界で生きていくねん。春希もあと何年もしたら、そうなるんやで?」
「そうなの?」


またまた目が真ん丸。しかし次の瞬間にはグッと眉を寄せて訝しげに尋ねてきた。


「わたしでも?」
「…ん?」


桜がまた吹雪だす。

数秒だった。風が止み、また吹くまでの間。
その表情と声色に春希の本心が現れた。
だけれど、それを察する事ができる程馨と春希は二人の時間を過ごしていないし、アリスがそうはさせない。


「なーに春希ちゃん?なんて言ったん?」
「やっぱりなんでもなーい」


春希はキャッキャとからかうように笑いだした。

あぁ、この子は同じ歳の誰よりも早く女を使うようになったんだな。
媚びた目と、冷めた瞳。
この子は……。


「春希、幸せになるんやで」


この子は、なんて悲しい子なのだろうか。






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