出会いがあるから別れがある。ずっと一緒には居られないね。と、そんな話をしたのは何年も昔の話。

確かに私の手の中にあった。大切に、どこにも行かないように握っていた。

それでも、たった一度。一度だけでも握った拳を開けば、掌からサラサラとこぼれ落ち足元に散らばってしまった。もう私の元に戻る事はないだろう。








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特力の教室で育てていた花が枯れた。もう時期が過ぎたからだと野田くんは言っていた。
小さな鉢で育てていた、小さな可愛いピンクの花。薄い緑色の葉は砂糖菓子のようで、春希は花より葉の方が好きだった。

そう言うと皆は変だねと笑うけど、いつも、野田くんだけは「そうなんですか」と優しく笑みを浮かべていた。







「これなんか可愛いと思いますよ」


そう言った野田くんは虫でも食べて成長してそうなおどろおどろしい花を指す。


「春希さんはこういうのが好きそうですね」
「え…いや、ははは…」


さすがの春希も苦笑いするしかない。というか、野田くんはそんな風に自分の事を見ていたのか…と、春希は少し肩を落とした。


今日は特力で新しく育てる花を野田くんと春希とで探しにきていた。セントラルタウンの花屋さん。アリスで作られた不思議な植物が沢山置いてあるが、今日は普通の花を探す。

以前は小さな鉢に植えられた小さな花だったが、今回はちょっと大きめのを。と、行平先生からの注文を受けていた。


「わたしは、あの、こういうふつうのが好きかな…」

春希は目の前にあったオレンジの花を指す。別に特別この花が好きな訳ではないが、そんなおどろおどろしい花が好きそうだなんて誤解を解くためには何でも良かった。

「意外ですね」

じゃあ、そういうのを探しましょうか。野田くんはそう言って店内をぐるりと見回した。


はぐれないように野田くんとは手を繋いでいる。しかし店内は人で賑わっており、店内一杯に置かれた花と同じくらいの背丈の春希は埋もれ気味で、いつはぐれてもおかしくない。
そうならないように春希は必死に野田くんの手を握っていた。

あれも良いこれも良いと言う野田くんに手をひかれる事数十分。
オレンジの、行平先生ご要望の小さすぎない花を買う事にした。

「では、会計を済ませてくるのでお店の前のベンチで待っていてください」

数分で迎えに行きますから。野田くんはそう言って短い列が出来ているレジへと向かった。

春希は人を掻き分け店を出た。言われた通り店の前のベンチに座る。
隣には知らないおじいさんが座っていて、手には本。誰か待っているのだろうか。


それにしても道行く人、人。子供から大人まで、今日もセントラルタウンは賑わっている。
どこからか流れる愉快な音楽も、春希にとっては雑音だ。人の話し声や足音と混ざり、雑音でしかない。

ふと、怖いと思った。

もしこのまま野田くんが、迎えに来なかったらどうしよう。
怖いと思った。

また置いていかれたらどうしよう。あの時のように。

お母さん。

もう記憶から消えてしまいそうなのに、どうしても忘れられない存在。
こうやってたまに思い出してしまう。

信じていた。一番好きだった。
そこに居て当然な存在で、寂しいと言えば抱き締めてくれる。寝るときも側にいてくれた。

愛されていると思っていた。あの時までは。

学園に来る時だ。

たしか自分は泣いていた。いつもなら抱き締めてくれる手は、自分を拒絶し、自分が求めても求めても振り払う。

あんなに信じていた存在は春希すら知らないうちに変わってしまった。いつから、なんて関係ない。あの時、手を離されたという事が全てだ。

また、あぁなったら。

好きな人に、嫌われてしまったら。

繋いで話したくなかった野田くんの暖かい手。
野田くんだけじゃない。行平先生は、柚香ちゃんは。

いなくならない、そばにいる。
そんな事を言い切れるのか。


「お待たせしました」

雑音の中からクリアな声が聞こえた。
いつの間にかうつ向いていた顔を上げたら野田くんが居た。いつもと変わらない笑顔の野田くんだ。

「無事に買えましたよ。さ、帰りましょうか」

野田くんは未だベンチに座る春希に向かい手を差し出す。はぐれないようにと、手を繋ぐために。

春希はその手を恐る恐る握る。
ああ、いつもと変わらない手だ。

ふと隣に座っていた老人を見ると、まだ本を読んでいた。






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