ディアレスト | ナノ
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AM7:00


アラーム音がけたたましく鳴り響く。いつもなら簡単には起きないんだけど、今日は何故だかすぐに起きることができた。


今日から新しい仕事が始まるから?いや。それもそうだけど、違う気がする。二日酔いなんだろうか。ベットから起き上がると、少しだけ頭痛がした。


ボーッとしながら昨日の夜のことを思い返すと、チクっと胸が痛くなる。この感情の意味が分からない歳ではないので、頭を抱えてため息をついた。


「やばいな。私、広臣君に惚れたのかも」


単純な奴だと思う。ちょっと優しくされたからって彼を好きになるなんて、私はいつからそんな軽い女になった?でも、前に麻美が言ってた。


「恋は一瞬の出来事から始まるんだ」って。


これから一緒に仕事をしていくアーティストに、ましてや彼女がいる人に恋をするなんてどこまで私は落ちぶれたんだろうか。単純な奴。


複雑な心境の中で、準備をする。気を抜けばため息が出るので、しっかり切り替えないと!と、頬を両手で軽く何度か叩いて気合いを入れる。必要最低限の荷物を持って家を出ると、またお隣さんと出る時間が被った。


「あ、おはよう」

「おはよ。また出る時間被ったね」

「向かう先は一緒だからな」

「よく眠れた?」

「それはこっちのセリフ。柚羽、かなり酔ってたしょ」

「全然問題なし、気分爽快」


右手の親指を立てて、グーサインを出すと隆二は少しだけ笑った。でも、お互い家の鍵を閉めてエレベーターに向かう際中、一言も話さなかった。いつもは顔がひどいとか化粧が濃いとか言ってくるくせに、今日は何もからかってこない。


まぁ、そういう日もあるか。と、あまり気にしなかった。誰だって気分が上がらない日があったり、それに朝はボーッとするもんだしね。


「車、乗ってく?」

「いや、いいよ。マネージャー迎えに来るし」

「ふーん、じゃあお先に〜」


軽く手を振って、駐車場に向かう。鞄の中から車のキーを探して歩いていると、大声で呼び止められた。


「ねぇ!」

「……何?やっぱ乗る?」

「いや、昨日さ……ベランダで、広臣と何話してた?」


隆二の顔は少し怖かった。いつもの子供っぽい明るい笑顔はどこにもなくて、真剣な顔をして私を見つめる。どうしてそんなこと聞くの?と、気づいたらそんなことを口にしていた。


「ベランダから戻ってきてから、元気なかったから」

「別に、何もないよ」

「……広臣はやめときな」

「……は?」


なんで貴方にそんなこと言われないといけないの。そんなの言われなくたって分かってるよ。だって、昨日も初めてうちの会社に挨拶に来た時も、右手の薬指にはしっかりと恋人がいる証があったから。


上手くいってないと言ってたけど、十分愛し合っていることなんて見なくても分かる。飲んでいる途中にかかってきた電話にもしっかりと出て、心配ないからって言ってたのを聞いた。


一緒にいない時だって、こんなに誰かに愛されてみたいって思った。


「どういう意味?」

「広臣さ、彼女のこと本当に大事にしてるんだ」

「何?邪魔すんなって言いたいの?」


腹が立った。お前には無理だ、邪魔すんなって、笑われているような気がした。そして、まるで私が悪者みたいにこう言うんだ。


「もう、広臣が悩んで苦しんでる姿見たくない」


私が彼を好きになったら、迷惑だってこと。広臣君は優しいからね。きっと私が自分のことを好きだって気づいたら、昨日みたいに傷つけないように優しくするんだろう。ほっとけないからって。


「残念だけど、安心して?私、彼女持ちの男には興味ないの」


まるで、隆二の思っていたことが間違っていたかのように笑って言ってやった。私が広臣君のことが好きっていう考えはハズレ。自ら傷つくような恋を選んだりしないって。


「……そっか。なんかごめん、勘違いして」

「いいの、それに本当に昨日は具合悪かったの。心配かけてごめんね。じゃ……また後で」


我ながら、上手く演じきったと思う。広臣君の一番そばにいる理解者に、好きになるなと忠告をされた私の心は張り裂けそうなくらい悲鳴をあげている。


車を走らせている最中は頭の中は真っ白で、ひたすら真っ直ぐ前を見つめた。赤信号で止まった時、車内で流れている三代目の曲は全く頭に入ってこず、代わりに真剣な表情の隆二の顔が浮かんでくる。


今日からみんなと一緒に仕事をするのに、何やってんだ。後悔と罪悪感が私の心を支配する。でも、広臣君に触れたあの感触と香りを忘れることは出来ない。考えれば考えるほど、広臣君を感じてしまうんだ。


ジワリと視界がぼやける。


少し気を緩めたら、今にも泣きだしそうだった。






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