ディアレスト | ナノ
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あれから数日後、社内はいつもより大忙しだった。仕事後にベランダでビールを飲む時間も無く、朝早く家を出て夜遅くに帰ってくる日々が続くほど忙しかった。


会議室には緊張感が漂っている。その中にたくさんの書類を片手に入ると、社員全員の背筋が伸びたのが分かった。


「今回ここに集まってもらったのは、先ほどMilky Roseとのコラボ商品を出すことが正式に決まって、そのプロジェクトチームを任せることになった人たちに集まってもらいました」


先日商談したばかりのコラボ商品の企画が、早くもOKサインが出たようで、それに向けてさっそくプロジェクトチームを結成した。


「そして、この大事なプロジェクトチームのチーフを米山さんに任せることにしましたので、皆さん協力してあげてください」

「社長はこのプロジェクトには参加しないんですか?」

「私の仕事は商談までで、後はみんなに任せるわ。後、私明日から専属でスタイリストの仕事が入るので席を外すことが多いけど、何かあったらすぐに連絡をください」


そして会議が終わり、私は明日から始まる仕事の準備に取り掛かる。会社を出る前に、再度三代目のメンバー全員の身長や体重、服のサイズや髪質などの様々なデータを見直している時、麻美がやってきた。


「社長が会社を長く留守にする企業が、他にどこにあるんでしょうかねー?笹川社長?」

「そんなのうちだけに決まってるじゃない。優秀な部下がいるからこそ私が自由にやりたい仕事ができてるの。感謝しきれないよ」

「まぁ、あとは任せてよ。次期社長候補の米山さんがしっかりこのプロジェクト成功させてみせるから」

「頼みましたよ、次期社長候補の米山さん?」


そう言い残し、会社を出た。でもこれは本当に冗談ではなくて、優秀な部下がいなかったらきっと私は一人で全部やらなきゃいけなかったと思う。


しかし今に至るまでに、人件費削減の為泣く泣く多くの社員を切り捨てた事もあったけど、残った社員は本当によく働く子たちばかりで助かってる。


私は明日から、社長の仕事を放棄して、三代目JSBの専属スタイリストになる。


………とその前に、今日の夜はこないだ話してた三代目のみなさんと隆二の家で飲み会をすることになっている。みんなと仲良くなれればいいな……と思いながら少し緊張ぎみに向かった先は近くにあるスーパー。


「もしもし?もうみんないるの?」

―うん、いるよ。早く来いよ―

「お酒とかあるの?」

―うーん、そこそこ?―

「今スーパーにいるんだけど、何かビールの他に飲みたいものとかおつまみとか何がいいかな?ちょっとみんなに聞いて!」

―え、スーパーってマンションの近くの?―

「そうだけど」

―それをもっと早く言えよ!この人数分買うなら一人じゃ無理だろ!?今すぐ行くから待ってて!―

「え、私車だから全然だいっ……切れちゃった」


本当に人の話を最後まで聞かない奴。私と違って、ニュースになりやすいんだから、下手に出歩かない方がいいのに。


それに……少しドキッとしてしまった。


いつもは待たせる側の立場にいた私が、今スーパーで男を待っている。ただ重たい荷物を持つという事だけでわざわざ駆けつけてくれるなんて。素直に嬉しい。たった数分でもこんなにドキドキするものなんだ。


心臓がドキドキする。私だけが特別なわけではないと分かっていても、今この瞬間だけは優越感に浸る。そして数分後、なんだか少し緊張していたら後ろから隆二の声がした。


「やっぱBANASの社長だけあって、一瞬で分かったわ」

「何よそれ」

「もうオーラが半端ない」

「そんなことないよ、隆二は相変わらず顔の半分も見えてない」

「仕方ないの!ほら、行くぞ」


また、ほら行くぞって……いっつも先に行っちゃうんだから。持っていた買い物カゴを奪われて早々と店内へ入っていく彼の背中を追った。


お酒コーナーに向かい、これ美味しそう!あとこれも〜なんて言いながらどんどんカゴの中にお酒を入れる隆二。あの……値段、見てます?


「ちょっと、さすがに買いすぎじゃない?」

「みんなかなり飲むから、これで足りるか心配なくらい」

「明日から一緒に仕事するのに、みんな二日酔いだったらさすがにまずいんじゃないの!?」

「大丈夫、大丈夫!」


何が大丈夫なんだかさっぱり……お酒を楽しそうに選んでいる隆二は、まるでおもちゃ屋さんに来た子供みたいにウキウキしてる。そしてコレ、誰が払うの……


「15832円になりまーす」

「ちょっと!お酒とつまみしか入ってないのに1万超えるってどういうこと!」

「えへへ。さすがに高いお酒、買いすぎたな!」

「笑ってごまかすな!!」


隆二は笑いながらお財布をとりだして、中身を確認している。チラッとお財布の中身を覗くと、現金は足りなさそうだったので、私も鞄の中からお財布を取り出す。


「カードって使えます?」

「え、いいよ。ここは私が払うし」

「女にお金使わせるわけないだろ?」

「いいって!また今度機会があったらその時奢ってよ」


普段からある程度お札は入れているので、トレーに2万円を置いてお釣りをもらう。買い物袋に買ったものを入れていると、隣を見れば変に落ち込んでいる隆二。もう、おもちゃを買ってもらえなくていじけている子供かよ。可愛いなぁ。


「何落ち込んでるのさ」

「いや、言い返せなくて………柚羽の方が明らかに稼いでるし、財布に万札入ってないし、情けなくて」

「あははは、何言ってるの。みんなを誘ってくれたお礼なんだから、ありがたく飲みなさいよ?」

「今度は俺が奢るから!!」

「はいはい、期待しとく」


やっぱり一人じゃ持てなくて、隆二が来てくれて感謝。車に大量のお酒を積み、向かうはみんなの待つ家、私達のマンションへ。






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