ディアレスト | ナノ
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午後の仕事も終えて、晩御飯のおかずと昨日飲みすぎたビールの補充分を買って、家路につく。車の中ではずっと今日あった出来事が頭から離れない。商談の手応えよりも、隆二が三代目のボーカルだったことに本当に驚いた。


お隣さんは、もうすでに帰宅している様子。今日もベランダに出れば、会えるのかな?あんなに早く家に帰りたいと思っていたのに、いざとなると緊張してしまって、一歩一歩がかなり重い。


真っ暗な部屋の電気をつけて、まずはシャワーを先に済ませよう。考えるのはその後でいいや。


シャワーを浴びて、半乾きの髪の毛をバスタオルで拭きながら、ビール片手にベランダに出る。今日も変わらず最高の眺め。そよぐ風が私の髪を靡く。


「はぁー、疲れた」


仕事後のビールは格別なのに、更に風呂上りの一杯そしてこの景色、極上の癒し。今ならなんでもできそうな気がする。ぐぅっと片手を上にあげて伸びをすると、凝り固まった体がほぐれていく。


「遅かったな」

「あれ、居たの?」

「そりゃ、今日話さなきゃいけないことたくさんあるじゃん?」

「まぁ、確かにね。それにしても驚いたよ、まさか隆二があの三代目の今市隆二だったなんて」

「俺だって、まさか引っ越してきたお隣さんがBANASの社長なんて思ってもみなかったよ」


全く気配のカケラも感じなかった。隆二もお風呂を既に済ませているのか、髪の毛が濡れている気がする。彼もまたビールを片手にしていて、ゴクゴクと飲みっぷりがいい。


「でも凄いね、同い年で社長なんて」

「たくさん努力してきたもん。でも得るものもたくさんあるけど、同じくらい失ったものもあるけどね」

「それ、分かる気がする」

「オーディションで三代目になったんでしょ?」

「うん。歌手になれたことは本当に嬉しかった。やっと夢が叶ったって思ったけど、柚羽と同じようにたくさん失ったものもあった」

「普通に外も出られないし、名乗れないし?」

「まぁ、それもあるけど」


何かを得るにはそれなりの代償が必要、つまり失うものもたくさんあるっていうこと。人気が出るにつれて我慢してきたことがたくさんあったんだろうに。


でもやっぱり歌う事が好きだから、と言った隆二の横顔はプロのアーティストの顔だった。彼の歌声はたくさんの人を笑顔にし、幸せにする。時には勇気付けたり慰めたり。彼に救われた人はたくさんいるんだろう。


「風呂上りにビール片手でこんなやつがプロのスタイリストだなんて信じられないかもしれないけど……」

「そんなことないよ、十分貫禄あるし」

「貫禄って……まぁ、これからよろしくね」

「こちらこそ」


右手を伸ばしてコツン、と乾杯。手を伸ばせばあなたに届く距離。触れたのはビールの缶だったけど、こうやって毎日一緒に旨いビールが飲めたら最高なんだと思う。


「今度、三代目のみんなと飲みに行こうよ」

「いいねそれ、私ももっとみんなのこと知りたいし」

「それは俺らも一緒だよ、今度誘ってみる」

「わーい!やった!」


なんだろう、すごく楽しい。隆二と話すだけで元気が湧いてくる。本当にこの仕事を受けてよかったなって心底感じてる。これが最後の仕事でも構わない。思いっきり楽しんで、みんなを輝かせてあげるから。


「てか、下着透けてんだけど」

「はぁ!?どこ見てんのよ!」

「そんな薄い白のTシャツなんか着てるからだろ?」

「サイテー。変態」

「変態はそっちだろ!?俺の裸見たくせに!」

「あれは、しょうがないでしょ!?悪気ないから!」

「なら俺だって!」


夜の街並みに私たちの声が木霊する。夜の空を見上げれば、地上の光に負けんばかりと綺麗な星空が広がっていた。





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