ディアレスト | ナノ
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車を走らせること20分。仕事の話で盛り上がっていた事もあり、あっという間にマンションに着いた。私が住むのは15階の一番端の部屋。景色が凄く綺麗だったことが、ここに決めた一番の理由。


新居にはしゃく暇もなく、既に大きな荷物は部屋の中に運んであったので麻美に手伝ってもらい、ぼちぼち荷解きに取り掛かる。


お喋りをしている暇などない。常に仕事に追われる毎日なので、一刻も早く個人的な用事は終わらせたいところ。すると、黙々と荷解きをしていた麻美の口が何かを思い出したかのように開いた。


「そういえば、次に専属で持つアーティストって誰なの?」

「そうそう、EXILEさんの弟分…だったかな?三代目JSBって人たち。今ものすごく人気らしいよ」

「え、男性アーティストとは初めてじゃん」

「うん、まぁ直々にHIROさんから頼まれた仕事だったから断れなかったってものあるんだけど、新しい視点じゃない?男性にもこのブランドが浸透してくれたら、もの凄いことになるだろうって思って」


実を言うと、今まで手掛けてきたのは女性アーティストやモデルなど女性を中心とした展開だった。だからまた視点を変えて男性にポイントを置くのもいいんじゃないかと思い、この仕事を受け入れた。


「だから、じゃーん!三代目JSBのアルバム買ってきた!」

「おー!さっそく聴きながら作業しようよ」

「もう名前も顔も全部覚えてきたもんねー」


真新しいCDアルバムをレコーダーに入れる。あまり知らなかった三代目の事も、調べれば調べるほど興味が湧いてきて、心底この仕事を受けて良かったと思えたのは、彼らに魅力を感じたから。きっと、私の想像を超える結果が出るんじゃないかと心が踊った。


そして数時間が立ち、結構片付いたので麻美は帰って行った。ご飯食べていけば?と聞いても、これから彼氏とデートって言うもんだから、無理強いはできない。それに、今の私には"彼氏"という言葉は禁句。


今回の恋愛は結構な期待が大きかっただけに、尚更ショックも大きい。麻美がいなくなった広々としたリビングで1人、小さいようで大きな溜息をポツリと吐いた。


気持ちを切り替えようと思い、三代目の音楽を流しながらキンキンに冷えたビールを片手にベランダに出る。目の前に広がる東京の街が一望できるこの部屋は私には勿体無いくらい。夜景がとても綺麗で何時間でもここにいられる気がする。


そして、隣の部屋からベランダの窓が開く音がした。そういえば、ご挨拶がまだだったような気がする……こんなところからじゃ失礼かもしれないけど、ちょっと覗いてみた。


するとそこには、上半身裸で首にはバスタオルを巻き、私と同じくビールを片手に出てきた男の人と目が合ってしまった。


「……!!ご、ごめんなさい……!!」

「え?うわっ……!ごめんなさい!!」


慌てた様子で隣の部屋の人は中に戻って行った。何とも初対面でかなり印象が悪い。お隣さんの部屋を覗く女が何処にいるんだ。確実に変態だと思われたに違いない。


ここはちゃんと玄関から謝りに行くべきか……手土産も必要だろうか、とそんなことを頭を抱えて考えていると、ゆっくりと控えめにカラカラ……とベランダの窓が開く音がした。


そしてバツが悪そうに眉毛を八の字にしながら、恐る恐るこちらの部屋を覗いて謝罪してくれた。彼は何も悪くないのに。


「さっきはすみません。いつも隣は空き部屋だったんで気にせず風呂上りはああやってベランダに来るんです。本当にすみませんでした」

「いや、私こそ勝手に覗いてすみません……あのっ、覗きの趣味はありませんから!」

「えっ?あははっ、分かってますよ」


よかった……めちゃくちゃ優しい人じゃないか。それに暗くてよく見えないけど、なかなかのイケメンだと思う。笑うとクシャッとなる目がとても印象深かった。


誠に勝手ながら、神様は私に「仕事もいいけど恋愛も頑張りなさい!」って言ってくれているような気がした。



「今日からここに?」

「はい!ここからで申し訳ないですが、笹川柚羽と申します。お世話になります」

「笹川さんですね、僕は事情があってちょっと名乗れないんですけど、怪しい者ではないので、よろしくお願いします」


自己紹介をして名乗れませんと言われたのは初めてだ。その理由がとても気になるが、敢えてそこは聞かなかった。本当はとても気になるけど、誰だって言いたくないことはたくさんあるだろうし、その気持ちはなんとなく分かるから。


「……もしかして笹川さん、三代目JSBのことが好きなんですか?曲、流れてますけど」

「あ、好きっていうか……まぁ色々あって」

「いろいろ?」

「これも事情があって言えないんですけど、好きなんですか?三代目JSBのこと」

「うーん、好きですよ!大好きです!」

「へー、そうなんですね」


好きですよの言葉の奥に、とても重みのある温かい愛情を感じた気がした。それにこれから仕事で担当する三代目のことが好きな人が隣の部屋の人なんて、なんだか嬉しくもある。


三代目と仕事するんですよ!と、ものすごく言いたいのを我慢して、グイッとビールを飲む。それを見た彼もまた、一口ビールを飲んだ。


「ここの景色、綺麗ですよね」

「はい、ビックリしました。こんな綺麗な景色がタダで毎日一望できるなんて、これこそ贅沢な気がします」

「それにビールは最高ですよね」

「そうですね」


笑い合いながら景色を眺めて、どちらからともなくベランダ越しにビールで乾杯。気の赴くままに、只々一緒にこの景色を眺めた。


「あの、下の名前だけでも教えていただけませんか?」

「いいですよ、隆二って言います」

「隆二さん……おいくつですか?」

「26歳です」

「あ、私も26歳です!」

「なんだ、同い年か!なら敬語はやめましょう」

「そう、だね」


初めて会ったのに、初めてな気がしないのはなんでだろう。だからなのか、この出会いはとても貴重で大切なものなんだと噛み締める。


そよぐ風は私たちの会話を止めることなく、心地よい暖かさで2人を包んでいた。






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