小説 | ナノ
「俺は……好きだから」
思わず逃げ出してしまった。上手く流せばいいものの、あれじゃまるで「莉央のことを考えて歌詞を作りました」って言っているようなものだ。真実はそうではない。本当に自分の事は全く関係のない歌詞だ。第一、自分にとっての莉央は仲のいい芸能人で、可愛い妹みたいな存在だ。歌に関しては本当にリスペクトをしているし、年下なのにしっかりしていて凄いなぁと思っている。
なんとなく、コラボが決まってから臣の様子がおかしいのは気づいていた。その理由は分かっていた。臣は莉央のことが好きだってこと……きっと他のメンバーも気づいていると思う。そのくらい臣は分かりやすい。いつも集まるときは率先して莉央を迎えに行ったり、泊まらず帰るときはお酒は飲まなかった。いつも莉央の隣にいて、面倒を見ていた。そりゃあ誰だって気づくものだ。気づかないのは当の本人だけ。
「よっ、暇だから遊びにきちゃった!」
「敬浩くん!?えっ、ちょっとビックリさせないで下さいよ!」
「だって莉央ちゃん来るじゃん?会いたいもーん」
「…あぁ、そうでしたね。敬浩くん、莉央の事大好きですもんね」
「……なんかあったの?」
レコーディング室に向かう途中、思わぬ訪問者が。なんだか今は申し訳ないが会いたくなかったかもしれない。ちょっと一人になりたかったし、気持ちの整理をする時間が欲しかった。でももう手遅れ。敬浩くんは鋭いから、簡単に自分の異変に気づいてくれた。というよりも、俺が分かりやすいのか…
自販機でコーヒーを買って椅子に腰かける。臣の話はするつもりはなかったけど、敬浩くんのことは信頼しているし、悪いと思いながらも自然に口に出してしまっていた。敬浩くんは、黙って話を聞いてくれて絶対に誰にも言わないと約束してくれた。
「ん〜、臣も焦ってたんだろうね。今回のコラボも隆二がすることになってさ、やっぱ好きな人を取られたくないって気持ちが出ちゃったんだね」
「臣の気持ちももちろん分かるんですよ。もし俺が逆の立場だったらきっと臣に言ってると思うし…」
「で?隆二は嘘をついて友情を守ったってことか」
「……え?」
「俺は好きじゃないって嘘だろ?まぁそこで俺も好きなんだーなんて言えるような奴じゃないしな隆二も」
「ちょちょ、ちょっと待ってくださいよ。なんで俺が…」
俺は一言も莉央の事を好きだとは言ってないし、そういう素振りを見せたこともないと思う。でも敬浩くんは自信に満ち溢れてずっとニヤニヤしている。なんでも見透かされていそうで少し怖くなる。
「そんなに悩んで落ち込んでるってことは、相当心に響いたんだろ?顔が動揺してる」
「俺は…好きじゃないっすよ。莉央に恋愛感情はないです。素直に臣の事を応援したいって思ってます」
「ふぅ〜ん。そっか。まぁ、俺から言えるのは後悔しないようにってことかな。お前ら、切っても切れない友情で結ばれてんだ。運命共同体ってやつ?だから上手くやれよ」
「はい…そうですよね。今はそれよりも、レコーディングの事を考えます」
「おう、またなんかあったら言えよ!それと、俺はまだ莉央ちゃんの事諦めてないからな!」
「はっはっは、そうっすか!頑張ってください(笑)」
レコーディング室の方から莉央の声がする。それを耳にした瞬間、敬浩くんは飛んで行ってしまった。本当に面白い人だなーと思う反面、本当に救われた気がした。モヤモヤしていた気持ちがだいぶ晴れていった。
後悔しないように…か。一体後悔って何のことだろう。それはまだ分からない。レコーディング室を覗くと、楽しそうに敬浩くんと話す莉央の姿があった。この笑顔を俺は守り続けることが出来るのだろうか。悲しませたくないのは恋心ではない。俺にとっても大切な人には変わりはないから…
俺は莉央を幸せにすることはできない。幸せにするのは自分の努めではない。幸せにするよりも、今の関係がずっと続けばいいと思う。終わりのある恋愛を莉央とはしたくないから。
言い訳みたいなことがずっと頭の中でぐるぐるとまわっている。それはまるで自分自身に言い聞かせるような…。そうだ、この感覚はあの歌詞を書いている時と似ている。頭の中で言い訳を並べて、勝手に自分の中で解決していた。
___ ただの歌詞だとは思えなかったから…
俺は、人のことを言えないくらい分かりやすかった。君を幸せにできるのは俺じゃない。他の誰かだ。それは臣かもしれないし、敬浩くんかもしれない。もしかすると自分の全く知らない人かもしれない。それでもいいんだ…
永遠に切れることのない友情を選ぶ俺は、誰よりも情けない、ちっぽけな人間だった。
「隆二くん遅ーい!私から始めちゃうよ?」
「はぁ?ダメダメ!俺からじゃないと調子狂うから」
「だったら早く来なさいよ!!」
「莉央ちゃん、隆二はね緊張してトイレにこもってたんだよ」
「敬浩くん!余計なこと言わないでくださいよ!」
「えー隆二くん緊張してたんだー!ウケるー!」
「うるせー!!!」
君のことは、好きじゃないから…
心をも開く鍵があればいいのに
*