小説 | ナノ
欲を言えばもっと楽に生きたい。さらに欲を言えば人生をやり直したいと思う。いや…それは言い過ぎかもしれないけど、この道を選んだことは一切後悔してない。でも、もし自由な時間を取り戻すことができたのなら…そう考えるとやはり欲が出る。人間というものはいかに単純で流されやすい生き物なんだろう。
ただ、いつも一人で慌ただしい毎日を送る中で私にとって唯一となるものがある。それは誰にも邪魔されたくない、誰にも渡したくない、私が私で居られる唯一のもの。
ふと手元の携帯が鳴る。画面を見れば自然と口元が緩んでしまう。そりゃぁ、仕事は楽しい。歌うことも、踊ることも、話すことも、演技するのも、映るのも好き。そうじゃなきゃ今の私はいない。忙しくて心が折れそうでも、そんな時はタイミング良く御食事のお誘いがくるんだ。
「お疲れ様。この後は?」
「うん、みんなとご飯行ってくる」
「食べ過ぎないようにね?あと飲み過ぎないこと。明後日は雑誌の撮影が入ってるから、気をつけるように」
「はーい!じゃ、お疲れ様でした〜」
事務所を出ると、見慣れた車が一台止まっている。駆け足で助手席に乗り込むと、嗅ぎ慣れた良い香りがする。かけていたサングラスを外し、にっこりと笑って私の頭をポンと撫でたその手は大きくて、いつも優しい。
「お疲れさん。忙しかった?」
「う〜ん、そうだね。最近はツアーの準備もあるから、かなり忙しくて現実逃避したいくらい」
「あっはっは、じゃー今日は思いっきり飲んで楽しまないとな」
「ダメダメ!明後日は雑誌の撮影があるから、マネージャーに食べ過ぎ飲み過ぎ注意報が出されたの!」
「莉央は細いから、少し浮腫んでる方が丁度いいかもよ?」
「臣くん、無駄よ。その手には乗らないから」
いつも三代目のみんなと集まるときの送迎役は臣くんだ。なんでかは分からないけど、自然といつも迎えに来てくれるのは臣くん。私にとって臣くんはお兄ちゃんみたいな感じ。優しくて温かくて、そして私のことをいつも近くで応援してくれる人。
他愛も無い話をしていたら、直ぐに隆二くんの家に着いた。溜まり場としてかなり利用している隆二くんの家はとっても広くてオシャレ。もう既にみんなが揃っていて、ちょっと出来上がってる…?いや、かなり?てか、がんちゃんなんて顔が真っ赤だよ。
「おせーよ莉央!!もう直人さん出来上がってるから!」
「って言ってる隆二くんも、なかなか出来上がってるみたいですけど!?がんちゃん顔真っ赤だから!」
「莉央ちゃ〜ん、写真集みたよ。あれヤバすぎ。お母さん許しません」
「直己さん、確かに直己さんはお母さんキャラですけどね、発売されちゃったんで許してくださいよ」
「直己さんかなりショック受けてたから、慰めてやってな〜後々大変やから」
「健二郎さんは、鼻の下伸びてたけど」
「エリー!うるさいねん!!ほっとけ!!」
「………色々とめんどくさいわ!!!」
三代目のみんなは酔うと色々と面倒くさい。でもそれがとても面白くて、楽しい。こんな私をいつもこの集まりに呼んでくれて、本当に有難いと思っている。私の唯一のものは、三代目のみんなのことだ。事務所は違えど、共通の歌でコラボしたことがきっかけで仲良くなった。特に、臣くんと隆二くんとはボーカルという立場もあってか他のみんなよりかは仲が良いと思う。
冷え冷えのビールを片手に、乾杯!嫌なことも憂鬱に思うことも、明後日が雑誌の撮影で気をつけなきゃいけないことも全部忘れて、今という時間を楽しもうじゃないか。
「ねー、隆二くん私の写真集みた?」
「見てねぇよ、んなもん。な?臣〜」
「えっ、俺は見たけど?いつもの莉央とは全然違ったよね。スゴかった」
「アレだろ?凄かったって、二段腹」
「ちょっと、隆二くんサイテー!本当嫌い。そういうとこ!私の努力も知らないで!」
「本当サイテー隆二くん、デリカシー無さ過ぎィ〜」
「直人さん、高い声出てないっす」
「あれ、出てなかった?笑」
「あっはっはっはっは」
心のフィルターを外すと、大声で笑って、顔の肉が攣って痛くなるくらい笑って、お腹の底から声が出るくらい笑えるんだ。それは、みんなと一緒にいる時だけ。
この時間がずーっと続けばいい。太陽なんか登ってこなければいい。時計の針が止まってしまえばいい。世界が私たちだけになればいい。再び思う。嗚呼、なんて人間は欲深くて都合のいいように事を進めようとするのだろうか。
だってそれが、私の幸せだから。
ふわふわ浮かぶ私の心
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