恋人のしつけ方は人それぞれです




路地裏の、一角。
「まさか、キミがこんな人間だったとは思わなかったよ、櫂……」
人払いをされた薄暗いその場所に、ジュンの声が静かに響く。
「ファイトだけじゃ飽き足らず、こんなことまでさせてさ。まったく、本当に困ったやつだよ。キミの友人にも同情す……」
「うるさいっ、ぺらぺらと喋っている暇があったら、さっさとしろ……っ」
饒舌に喋るジュンの言葉を遮るのは、低く絞り出された櫂の声だった。その声は僅かに震えていたものの、発せられた強気な言葉は、いつもと変わらない彼のままで。
自分がどういう状態であるかも顧みず、相変わらずの様子の櫂に、ジュンは満足そうに唇を舐めるとその顔を見下ろした。
「ふっ、言われなくても、ちゃんとシてあげるよ」
そして、尻を突き出す櫂の腰を掴むと、後ろから思い切り腰を叩きつける。
「あぁぁ……っ!」
そうすれば、櫂の悲鳴にも似た声と、彼が両手でしがみつく金網の軋む音とが、不協和音を奏でた。
「まぁ、僕はなにがあったのかは知らないし、それに興味もないんだけど、ねっ」
「あっ、くぅ……っ」
「だけど、こういうことを頼むのに、キミにはもっと適役がいるんじゃないのか?」
ジュンは言いながら、櫂の奥を深く抉るように穿つ。
「なんで彼じゃなくて僕を選んだのか……。そっちのほうが、僕は興味があるんだけどね」
「は……っ、お前は、なにを言って……っ」
櫂は、絶え絶えになる理性をなんとか繋ぎとめながら、その言葉を聞き留める。
「だってキミたち、要するに『ただならぬ関係』ってやつだろう?」
「あいつは……っ、そんなんじゃ、ないっ」
「へぇ? まぁ、キミがそう言うならそれでもいいんだけどさ」
ジュンはそう言ながら、櫂の背中に覆い被さるように体を曲げると、

「でも、果たして向こうは、どうなのかな……?」

そう、耳元で息を吐くように囁いた。
「え……?」
そして櫂が、ジュンの言葉を聞き返そうとした、そのとき。

「こんなところにいたのか」

耳に飛び込んできたその声に、櫂は心臓が飛び出そうになった。
「表に姿が見えないからどうしたのかと思えば……なーんか、おもしろそーなことしてんじゃん?」
場にそぐわない明るい声が、薄暗い路地裏に響く。
櫂の体には緊張が走り、心臓は早鐘を打った。

「俺もまぜろよ? なぁ、かーい?」

そして、恐る恐る振り返った櫂の翡翠に映ったものは、そう楽しげに笑う、三和の姿だった。


***


「み、わ……」
その名を紡ぐ櫂の声が、僅かに震える。さらにその顔には、普段の彼からは到底想像もつかない、絶望と怯えの色が浮かび上がった。
ジュンはそんな櫂を後ろから見下ろして、これはいいものを見たと短く口笛を鳴らす。
そして三和は、その顔に笑みを湛えたまま二人の元へと歩み寄った。
「一体何しに来たんだい? 櫂はキミのことなんてお呼びじゃなかったみたいだけど?」
隣に立つ三和に、ジュンは嫌みたらしくそう言うと、止まっていた腰を突如動かす。
「あぁっ!?」
すっかり気を抜いていた櫂は、その不意打ちの動きに声を裏返らせて仰け反った。
「なんだよ櫂ー、それは随分と冷たいんじゃねぇ?」
ジュンの皮肉めいた言葉に、三和はそうわざとらしく肩を竦めて見せた。
「あぁ……あっ、待て……っぁ、ん」
しかし、そんな三和の言葉も、櫂には届かない。
「あっ、ジュン……っ、や、めろっ」
三和に弁解したくとも、ジュンの動きに翻弄され、流されてしまうのだった。
櫂は声を振り絞るが、ジュンはまったく聞く耳を持たず、更に激しく腰を打ち付けてくる。
「てゆうかジュン。お前、俺の前で何堂々とやっちゃてるわけ? これでも俺、コイツの彼氏なんですけど?」
そんな二人を目の当たりにして、三和はそう呆れたように言うが、言葉とは裏腹にその顔はとても楽しそうで、口元には笑みすら浮かんでいた。
「あ……っ」
櫂は、そんな三和の顔にぞくりと肩を震わせる。
底知れぬ恐怖のようなものが押し寄せ、背中に嫌な汗が流れるのを感じた。
「でも、櫂はさっき、キミとはそういう関係じゃないって言っていたよ?」
ジュンは、櫂の胸中も三和の言葉も思惑も、すべてを理解した上で、そう言葉を続けながら櫂の中を蹂躙する。
「ち、ちが……っ! あぁっ」
それに対しても、櫂はなんとか言い返そうとするのだが、ジュンの激しい動きに頬をフェンスにぶつけると、声を潰されてしまった。
「……ふーん? 櫂は、そんなことを言ってたのか……」
そして、ジュンの言葉を横で聞いていた三和の顔からはスッと表情が消え、その声のトーンが下がる。
「っ! ちがうって、い……っ、ぁあッ!」
そんな三和の様子をすぐに察した櫂は、さらに兢々と震える。
ジュンによって与えられる性感と、背中からぞわりと迫る畏怖の念。櫂の頭はそれらに侵され、正常な思考回路から逸脱していく。
「まぁ、僕は別に、そんなことはどうでもいいんだけどね? ……それより、そろそろこっちに集中してもらってもいいかな?」
不穏な空気を漂わせる二人につまらなそうな顔をしたジュンは、二人の間に割り込むようにして言葉を続ける。
「櫂だって、そんなこと気にしてる余裕なんか、ないだろう?」
そう言って唇を舐めると、櫂に打ち付ける腰の動きをいっそう早めた。
「あぁぁッ!! やっ、ま……アッ」
「彼氏なら彼氏でもいいさ。彼氏の見てる前で、他の男に突かれてイかされるなんて、どんな気分なのかな!?」
「あっ、よせ……っ、三和っ、みる、なぁ……っ!」
ジュンの言葉に、櫂は自分の置かれている状況を再認識させられる。
三和がすぐ隣で見ているというこの状況。それは櫂の羞恥心を煽り、櫂の自尊心を傷つけ、そして、櫂の性的興奮を異常なまでに高めた。
「み、わぁ……あぁッ」
どういうわけか、三和に見られていると思うと余計に体が疼くのだ。頭に血が上り、体の中心に熱が集約していく。
櫂は、そんな自分をどうすることもできずに、ただ、うまく回らない頭の片隅で戸惑うことしかできなかった。
「んっ、はぁ……ぁ、あぁっ」
その間にも追い詰められ続ける櫂は、もうとうに限界に達していて。
「も……っ、やめ、ろ……あっ」
「イきたいのか? いいよ、イッても」
限界を訴える櫂に、ジュンはそう言って一際強く最奥を穿つ。
「ひっ、アァッ!!」
「ほらっ! 櫂……ッ!」
そしてその声を合図に、ジュンの張り詰めたモノが奥で弾けた。
「あっ、あぁぁ……っ」
櫂は、中へと注ぎ込まれるジュンの熱を感じてぶるりと体を震わせると、自身もまた、己の熱を吐き出したのだった。




「はぁ、はぁ……」
ぱたぱたと、櫂の足下に小さな水たまりが出来上がる。
「本当に、見られてイッちゃったね」
フェンスに辛うじて掴まり、肩で息をする櫂の髪を撫でながら、ジュンは笑みを深めて言った。
「う、るさい……っ」
櫂は、達したあとの気怠さに襲われる体をなんとか叱咤して、ジュンの手を払いのけるように頭を振ると涙に濡れる瞳で睨み付けた。
「あ……っ!」
そのとき、自分を見下ろす三和の瞳と目が合って、櫂は途端に動けなくなる。
自分のことを冷めた目で見つめる、深い灰青色の瞳。
「み、わ……」
フェンスを掴む指先は震え、歯がカチカチと小さく鳴る。
熱気に包まれていた空気が一瞬にして凍り付いたかのように、櫂には感じられた。
「……」
それでも、三和はただ、色のない表情でまっすぐに櫂を見下ろすだけで――

「……はぁ」

沈黙は、三和の大きな溜息によって破られる。
本当に数秒のことだったその時間も、櫂には随分と長く感じられたのだけれど……。
「どうせ、ジュンに唆されたとか、そんなとこなんだろ?」
そう言った三和からは、もう先ほどまでの様子は見る影もなかった。
いつもの飄々とした顔に戻っていたものだから、櫂は少し狼狽えた。
「違うだろ。櫂の方から、僕のことを求めてきたんだ」
「へへっ、どーだか!」
ジュンの言葉も、三和は笑い飛ばして一蹴するのだった。
「三和……」
そんな三和の様子に櫂は戸惑いながらも、心中では少し安堵していた。
だからそんな櫂が、三和の眉がぴくりと動いたことになど、気づくはずもなく……。

「さーてと!」
路地裏には、三和の一際明るい声が響く。
「次は、俺の番な!」
そして、そう満面の笑みで言い放った三和を、櫂は目を丸くして見つめた。
「な……っ!?」
「ほらジュン、交代だ」
呆気にとられる櫂を余所に、三和に肩を叩かれたジュンは、櫂の中からずるりと自身を引き抜く。
「あぁ……っ」
ぽっかりと空いた穴から、ジュンが放った液体がどろりと零れ落ちる。太股を伝うその感覚が不快で、櫂は薄く白い肌に鳥肌を立てる。
「あーあー。こんなんなっちゃって……」
三和はその様子をまじまじと見つめながら、呆れたように言う。
「人のモンが入った後に突っ込むのって、すっげぇ微妙だな」
「わるかったね」
それから、悪態をつきながらジュンと場所を入れ替わると、櫂の後ろに立った。
「ま、待て……、三和っ!」
勝手に話を進めていく二人に、櫂は慌てて制止の声をあげるが、三和はそんなもの聞こえていないとでも言うように、櫂の腰をしっかりと掴む。
「あっ」
三和の手が触れると、櫂の体が反射的にビクリと震えた。
いつも自分に触れるその手の感触に、こんな状況だというのに少し安堵を覚えてしまう。
「それなら僕は、こっちの口を使わせてもらうよ」
三和と場所を入れ替わったジュンは、そのまま前方に回るとフェンスにしがみつく櫂の顔の横に立つ。
そして、櫂の頬に手を這わせると、その顎を持ち上げた。
「おい。それじゃあ、櫂の声が聞こえなくなっちまうだろ」
「いいじゃないか、キミはいつでも聞けるんだろ? 少しぐらい我慢しなよ」
文句をぶつける三和にジュンはそう返すと、欲に塗れた瞳で櫂を見下ろす。
「ジュン……! やめろっ」
そして、嫌がる櫂の言葉を無視して、その口に自分のモノをねじ込んだ。
「んぐっ!? ふっ」
強引に突っ込まれた櫂は、喉を突かれて苦しさに嘔吐く。目にはじわりと涙が浮かび、視界が歪んだ。
「ぅ、ん……ぐっ、んう」
息が詰まり、瞬間的に呼吸が出来なくなる。
ジュンに頭を無理矢理動かされ、容赦なく喉奥を突かれて胃の中身が迫り上がりそうになる。
「ほーら、櫂も美味しいってさ」
そんな櫂など歯牙にもかけず、ジュンは楽しげに勝手なことを言うのだった。
「……ったく、しょうがねーなぁ……」
そんな風にして半ば強引に進められてしまった行為に、三和はもう渋々了承するしかなくなってしまう。
しかし、口から出てきた言葉とは裏腹に、その顔には薄ら笑みが浮かんでいて――

「ほら、櫂。こっちもいくぞ」

気を取り直して櫂の後孔に自身を宛がうと、勢いよく腰を突き出したのだった。
「んん――ッ!!」
先ほどまでジュンを受け入れていた中は随分と柔らかくなっていたものの、それでも異物感と圧迫感は拭いきれず、櫂は苦しさに喘ぐ。
しかし、そんなものは三和にしてみれば関係などなく、三和のいきり立った自身は櫂の胎内で傍若無人に暴れた。
「んんっ、ふぁ……っ、ん!」
ジュンのモノを咥えている櫂の口からは、顎を伝って唾液が零れ落ちる。
「ねぇ、キミたちのセックスって、いつもこんな風なのかい? 随分激しいのが好きみたいだけど、これじゃあ僕に歯が当たるだろ」
「へっ、嫌なら、口から出せばいいだ、ろっ!」
ジュンと三和は、相変わらずそんな風に言い合いをしながら、しかし櫂の中を蹂躙する動きは止めない。
フェンスはギシギシと金切り声を上げ、肌を叩く乾いた音と共に響き渡る。
「んっ、ふう……っ、んんッ」
前から後ろから突かれ、櫂はもうなにがなんだかわからなくなっていた。
自分が自分なのかさえ、わからなくなる。
ただ、苦しくて、熱くて、溶けてしまいそうで――

「そろそろ、出すよ……っ」
そんなジュンの言葉が頭上から降り注いだかと思うと、櫂の頭は固定され、腰をいっそう引きつけられた。
「んんっ!」
刹那、喉の奥に白濁が叩きつけられる。
「んッ、んぐっ」
逃げ場を失われた櫂はそれを受けとめるしかなく、息をすることもままならないまま、強制的に飲み下させられたのだった。
喉の奥がねばつき、鼻に独特の匂いがこびりつく。
溢れた涙がぽろぽろとこぼれ落ち、櫂の頬を濡らした。
「げほっ、うぇ……っ、はぁっ、はぁ」
そして、櫂の口からジュンのモノが出ていくと、櫂は激しく咽ぶ。
酸素を欲するように、荒く呼吸を繰り返し、息を整えようと肩を上下させた。
「――ッ、ひあぁっ!?」
「おーい! こっちも、忘れてもらっちゃこまるんだけど!?」
しかし、そんな櫂に休みなど与えまいと、三和が自身をゴリ、と奥に押しつけてきた。
櫂は悲鳴めいた嬌声を上げ、崩れ落ちるようにフェンスから手を滑らせてしまう。
「あっ、んっ、はっぁ……」
いつも以上に激しい三和の動きに、櫂の心には少しの不安が芽生える。
何かに急かされているような、何かを訴えようとしているような――三和の焦りのようなものが、櫂の中へと流れ込んでくるような気がした。
それでも、櫂にはそれを考えてやれる余裕なんてなくて、ただ突き動かされるまま三和を受けとめることしかできない。
「ひっあ、みわっ、み……あぁぁっ!」
「櫂っ、櫂……!」
余裕のない三和の声が、櫂の脳にダイレクトに届くようだった。
体はとうに悲鳴を上げているのに、三和の声でこんなにも満たされるのかと櫂は遠くでぼんやりと思う。
「櫂っ、イくぞ……っ!!」
「ふっ、あぁっ、あぁぁ……っ!!」
そして櫂は、切れ切れの意識の中で、三和の熱い飛沫を受けとめたのだった。



[newpage]


**

気を失ってしまった櫂を壁に凭れ掛けさせ上着を掛けてやると、三和はジュンの方を振り向いた。
「ジュン。お前まだ、櫂のことを自分のものにしようとか思ってんのか?」
その声に、手持ちぶさたに鎖をチャリチャリと鳴らしていたジュンが、顔を上げる。
「当然だろ? 僕がそう簡単に諦めるとでも思っていたのかい?」
「まさか」
「それなら、そんな野暮なことは聞くもんじゃないだろ」
何を言っているんだと鼻で笑うように、ジュンは肩を竦めて答えた。
「それはそれは、わるーございました! けど、残念ながら櫂は俺のもんだから、そこんとこ忘れんなよ」
そんなジュンに対し、三和もまた、挑戦的な態度で返す。
「そう言うなら、ちゃんと首輪でもつけておいたらどうなんだ? こんな風に他人にまで求めてきて……。この調子じゃ、いつ逃げ出すかなんてわかったもんじゃないな」
ジュンはそう言うと、呆れた顔をして壁に寄りかかった。
「お前、わかってねーなぁ。俺が、不注意でそうさせたとでも、思ってんの?」
「……へぇ? それは一体、どういうこと?」
「そのままの意味だぜ?」
驚いたように問い返すジュンに、三和はさらりと答える。
一瞬ぽかんと口を開けたジュンだったが、やがてふつふつと腹の底から笑いがこみ上げてきて、喉を震わせた。
「……あははっ! なるほど。キミも、随分と変わった性癖の持ち主ってわけか」
「それって、褒め言葉として受け取っていいの?」
「お好きにどうぞ?」
ジュンは目を細めて言うと、徐にそのしなやかな右腕を上げて、三和の後ろを指差した。

「ん……」

はかったように、背後から聞こえる声。
ゆっくりと振り返った三和の視線の先で、櫂の瞼がゆっくりと持ち上げられる。
その翡翠の瞳には、徐々に光が差していく。
「んじゃ、俺たちはそろそろ帰らせてもらうから」
櫂の顔を見つめて三和は小さく笑うと、そう言ってジュンに背を向けると、櫂の隣にしゃがみ込んだ。
「櫂、大丈夫か?」
そして、目を覚ました櫂の体を気遣いながら立たせると、二人は闇の中へと消えていったのだった。




「はは……っ」
ジュンは、そんな二人の消えた先を見つめながら、一人口元に笑みを浮かべる。

「やっぱり、キミたちは最高だよ! どうせ奪うなら、そのくらいでなきゃ面白くないからね!」

再び静寂を取り戻した路地裏に、そんなジュンの愉悦に満ちた声が響き渡ったのだった。







おわり

















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