two of a kind





いつもの公園の、いつものベンチ。
だがいつもとは違い、櫂は不機嫌そうな顔でベンチの前に立っていた。
眉間に皺を寄せて口を真一文字に結び、目の前にしゃがんでいる三和のつむじを見下ろす。
「……」
そんな櫂を余所に、三和は先ほどから目の前の猫に夢中で、櫂の方など見向きもしないのだった。

「トシキ〜!おまえ、今までどこ行ってたんだ〜?」
『トシキ』と呼ばれたその猫は、三和に頭を撫でられると、ふいと顔を背けた。
栗色に近い茶色い毛並みの、少し小柄なその猫には、首輪が付けられていないことから、野良猫なのだろうと察せられる。
「最近見かけねーし、心配してたんだぜ?ご飯はちゃんと食ってたか?ちょっと痩せたんじゃねぇ?」
三和は猫に対して、まるで母が子を心配するような調子で話しかける。
それでも猫の方はと言えば、ツンとそっぽを向いたまま素知らぬ顔をしていたのだが。
「……あぁ、相変わらず懐いてはくれないのね……」
そんな猫の様子には、さすがの三和も苦笑せずにはいられず、ぽりぽりと頬を掻いた。

「おい、三和」

そして、ずっと黙ってやりとりを見ていた櫂が、いよいよ見かねて声をかけると、三和はようやく櫂のほうを振り返る。
「あっ、わりぃわりぃ」
それがまるで、櫂のことなどすっかり忘れていたとでも言わんばかりの調子だったものだから、櫂の表情はさらに険しくなった。
不満こそ口にはしないものの、全身から溢れ出るオーラが、すべてを物語っていた。
「そういや櫂は、こいつのこと知らなかったよな」
そんな櫂に気づいているのかいないのか――三和のことだから、気づいていてあえてだろうが――相変わらずの調子で三和は続ける。
「こいつ、うちの近所に住み着いてる野良猫でさー。近所でも結構可愛がられてて、俺もたまに餌やったりしてたんだけど……ここ数日ぱったり見かけねぇし、心配してたんだよなぁ」
そう言って三和は、再び猫の方に手を伸ばした。
「どこに行ったのかと思ったら、まさかこんなところで……っ、いってぇ!?」
そして話しながら、猫の頭を撫でようとした、そのとき。
突然、鋭く尖った爪が三和を襲った。
「お…っまえ、まじで容赦ねぇな……」
三和の手の甲には、鮮やかな赤い線が三本、くっきりと描かれていた。それを涙目で見つめながら、三和はふうふうと息を吹きかける。

(……ふんっ、なんだ猫相手に……)

櫂はその様子を見つめながら、更に苛立ちを募らせていていた。
その原因が、三和が猫に対して執心しているのが気に入らないことだということにも気付いてはいたが、それを認めたくなくて気づかないふりをする。
そんな自分にもまた、腹立たしさを感じていたのだが……。
「……」
「……櫂、なんか機嫌わりぃ?」
「そんなことはない」
「いや、でも、いつも以上に眉間に皺寄ってるし?」
そう言って立ち上がると、三和は櫂の眉間に人差し指を突き立てた。
そして近づいてきたその顔を、櫂はいっそうきつく睨み付ける。
そんな櫂の様子に、三和は、「おーこわいこわい」と呟きながら、苦笑いして続けた。
「それにお前、猫嫌いじゃねぇよな?だって……」

「だまれ!」

ぴしゃりと、櫂は言い放ちながら、三和の手を叩き落とした。
「あ……」
空気が破裂したような音に、一瞬にして空気が凍る。
子ども達の遊ぶ声が、どこか遠くに聞こえてきて……。
櫂がしまったと思ったときにはもう遅く、やってしまったことを今更無しにすることなどできるはずもない。
「……」
三和は面食らった顔で櫂を見つめていたが、やがて我に返ると、ぽりぽりと頭を掻きながら笑った。
「なんだよ櫂ー。そんなでけぇ声出したら、トシキがびっくりするだろー」
「……」
そんな三和のわざとらしい笑いだけが、辺りに虚しく響く。櫂は黙りと口を結んでいるだけで、何も言い返してはこなかった。
そしてトシキだけが、そんな二人の間で素知らぬ顔をして、自分の手を舐めていたのだった。

「……あっ!」

気まずい空気が流れる中、三和が突然何か思いついたかのように声を上げると、捲し立てるように言った。
「俺、ちょっとそこのコンビニ行ってくるわ!こいつ、腹減ってるかもしんねぇし」
「は!?」
「だからちょっとの間、こいつのこと見てろよな!な!?」
「お、おい三和……っ!」
そして三和は、櫂の返事を待たずにそのまま走っていってしまったのだった。

「……」

櫂は三和の背中を複雑な心中で見つめていたが、ふと足下に気配を感じて下を見る。
「にゃあ」
櫂の顔を見上げたトシキは、そう一声鳴いて、足にすり寄った。




**




「ぶっは!なんかシュールな絵だなぁオイ!」
コンビニから戻ってきた三和は、自分の膝の上に猫を乗せてベンチに座っている櫂を見るや、盛大に吹き出した。
「そんな仏頂面で、縁側のじいちゃんみてーなことして……くくっ、似合わねぇ〜!」
「……馬鹿にしてるのか」
「そうじゃねぇけど、なんつーか、意外すぎてびっくりしたってゆーか?」
「……ふん」
「しかし、なんだぁ? もしかして、そいつが寝てるから動けなくて、そうやってずっとじっとしてたのか?」
「ば……っ、違う!」
「ちょっ、しー!そんなデカイ声だしたら、トシキが起きちまうだろ」
「……くっ」
三和に諫められ、櫂は悔しそうに唇を噛んだ。
「それにしても、俺が触ろうとするとすぐに引っ掻いたりすんのに、櫂にはすぐ懐いちまったのか?」
「そんなもの、俺の知ったことか」
面白くなさそうに言う三和に、櫂はそう言ってふいと顔を背ける。
「俺がここで寝ようとしたらコイツが乗っかってきたから、しかたなくこうしていただけだしな」
「……あぁ……そうなの……」
櫂の言葉に、三和はどこか遠い目をして呟くと、やれやれと肩を竦めた。
「まぁ、なんかよくわかんねぇけど、似たもの同士気が合うのかもな」
「……どういう意味だ」
「さぁ?」
とぼけた三和をジト目で見つめた櫂だったが、それ以上は深く追求するのを止めた。
「うーん。せっかく買ってきたけど……、寝てるならまぁ、ベンチの下にでも置いておいてやるか」
気を取り直して、三和はコンビニで買ってきた袋から牛乳と紙皿を取り出すと、皿に牛乳を注ぎ始めた。
するとそれに気づいたのか、櫂の膝の上で寝ていたトシキがむくりと起き上がる。
「お?」
それから、軽やかに地面に飛び降りると、鼻をひくひくさせながら紙皿に顔を寄せた。
「ほらよ」
そうして、三和が皿を前に差し出せば、トシキはペロペロとミルクを舐めだしたのだった。
「ははっ、やっぱ腹減ってたんだな」
無我夢中で舌を動かすトシキを見つめながら、三和は顔を綻ばせた。
「……」
櫂は、そんな三和とトシキを交互に見つめていたが、
「三和」
そう声をかけると、ベンチの前にしゃがんでトシキを眺めていた三和が、顔を上げた。
「こいつの名前……」
「ん?……あぁ」
櫂の言わんとしていることに気づき、三和はニヤニヤと笑う。
「勝手にひとの名前をつけるな」
「えー?誰がお前だなんて言ったんだよ?トシキなんて、全国にごまんといるだろ?」
「三和!」
「おーおー。そんな怖い顔すんなって。別にいいだろ?減るもんじゃねーし」
「いいわけないだろ」
「なんでだよ?いい名前なのに」
「……なっ!?」
まさか名前を褒められるとは思わなくて、櫂は一瞬まごつく。
しかし、そんな自分の顔を三和がニヤニヤと見つめているのに気付いて、すぐにいつもの仏頂面に戻ってしまう。
「だいたい、こいつはメスだ」
「えぇっ!?」
「お前、そんなこともわからなかったのか」
「わかんねぇよ」
「見ればわかるだろ。ここ……」
「あー!わかった!わかったから!イイデス!」
説明しようとし始めた櫂を慌てて止め、三和はふうと小さく息を吐いた。
「ま、まぁ、いいんだって。こいつはトシキでさ」
それから、まだミルクに夢中になっているトシキを、目を細めて眺める。
「すぐふらっとどっか行っちまうし、爪立てて引っ掻いてくるし、愛想は悪いし……。でも、餌には簡単に釣られるんだよなぁ」
「三和っ!!」
「うわっ!?なっ、なにいきなり怒ってんだよっ!?」
「馬鹿にするな!」
「はっ!?いや、待て待て!こいつのことに決まってんだろ!?」
突然怒り出した櫂に、三和は慌ててそう言いながら、トシキの方を指差した。
ちょうどミルクを綺麗に飲み終えたトシキが、きょとんと二人を見上げる。
「〜〜っ!!」
「こっちのトシキに決まってるだろ〜? ト・シ・キ!」
「……っ!!まぎらわしい名前をつけるな!」
おちょくる三和に、櫂はそう言い放って立ち上がると、そのまま踵を返して歩いて行ってしまったのだった。

「あらら……」

残された三和は、遠くなる櫂の背中を見つめながら苦笑する。

「ほーんと、似てるよなぁ。お前も、アイツも」

それから、ベンチの上に飛び乗ったトシキを見つめて独りごち、
「かーいー! 待てって!」
遠ざかる背中が見えなくなる前に、慌てて掛けだした。








おわり


















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