絶対にかなわないような気がする




もうとっくに、俺は溺れていたんだ。



「かーいっ!」
「……」
「櫂ってば!」
「……」
「おーい!無視すんなー」
「…………無視してるんじゃない。寝ているんだ」
「起きてんだろーが」
「……」
櫂はそれ以上なにも言わずに、ごろんと寝返りをうってこちらに背を向けた。
「ったく、しょうがねーなぁ」
そんな櫂を眺め小さく溜息をついてから、俺は寝転ぶその体を跨ぐようにして、両側に手をついた。
そして、目を瞑る櫂の顔を覗き込みながら、耳元で囁く。
「今すぐ起きないと、悪戯するぞ?」
その言葉が言い終わるか終わらないかといううちに、ぱちりと瞼が開かれ、緑色の瞳と目が合う。
「おはようさんっ」
それに俺が笑いかければ、櫂はギロリと睨み返してきて。
「……ふんっ」
眉間に皺を寄せて怪訝そうな顔をすると、ふいと目をそらしてしまった。
「だいたいお前、屋上は立ち入り禁止だろ?」
「そんなこと、聞いたこともないな」
「……いや、お前がここで昼寝してるの、もう何回目だよ?俺、そのたびに同じこと言ってるような気がするけど?」
「知ったことか」
俺の言葉にも、櫂は素知らぬ顔でそう言うだけだった。
どうやらこいつは、あくまで知らなかったことを貫き通すつもりらしい。
(……ああ、だめだなこりゃ)
櫂もかなり頑固なやつだから、こうなったらもう、何を言っても無駄だろう。

――キーンコーン

そんな櫂に呆れていると、予鈴の音が耳に飛び込んできた。
どうやら、昼休みももう終わりらしい。
目を離した隙にふらりといなくなった櫂を探して、こうして屋上まで来ただけで、貴重な昼休みの時間はなくなってしまったというわけだ。
「どけ」
櫂はと言えば、そんな俺の苦労などつゆ知らず、そう短く一言言って起き上がろうとする。

(……なーんか、腑に落ちないよなぁ)

そう思うと、大人しくどいてやる気になんてなれず、俺はその言葉を無視して、覆い被さった体を頑と退かさないことに決めた。
「やだね」
「予鈴が聞こえなかったのか」
「あぁ、聞こえた」
「なら……」
そんな俺の態度に、櫂は少し苛立っているようだ。その表情からは不機嫌オーラが滲み出ている。
せっかく綺麗な顔をしてるいのに、そんな風に怒っていたらもったいないなぁと、俺は思うのだけれど。
「ふんっ、もういい、俺は行く――」
そう言って櫂は、強引にでも俺の体を押しのけようと、こちらに右手を伸ばしてきた。
「なっ!?」
しかし俺は、その手首をしっかりと捕まえると、逆に櫂の体を地面に縫い付けた。
「櫂」
まさかそんなことをされるとは思わなかったのか、櫂の瞳がわずかに揺れ、
「……なんだ」
それから少し間をおいて、不服そうな返事が返ってきた。

屋上に、静寂が漂う。

きっともう、午後の授業が始まったのだろう。いつのまにか、昼休みの喧噪も消えていた。
確か次は英語の授業だっただろうか。午後一番の英語なんて、寝てくださいと言っているようなものだと、俺は思う。

(……まぁ、今となってはもうどうでもいいんだけどさ)

頭の隅でそんなことを考えながら、俺は地面に縫い付けた櫂の手首を、ゆっくりと指先でなぞった。
「……っ」
すると櫂は、びくりと体を震わせて、こちらを見上げる。
「何?期待してる?」
「っ、なんのことだ」
櫂はそう言ってまたそっぽを向いたけれど、赤く染まった耳は隠しきれていない。

(本当に、可愛いヤツだよ、お前は)

だからなのだろうか、無性にからかってやりたくなってしまうのは――

「櫂……さ。お前、ここで何考えてた?」
「?」
「最近、何か考えてること多いだろ?それってやっぱ、あいつのことか?」
「何のことだ……んっ!?」
俺の言葉に、怪訝そうにこちらを向いた櫂の口を、俺は待っていたと言わんばかりに塞ぎ込んだ。
しかし、触れていたのはほんの数秒で、すぐに離してやる。
「お前、随分とあいつにご執心だもんなぁ」
「だから、さっきからお前は何を言ってるんだ……っ」
「あいつって言ったら、あいつだろ」
「?」
「……先導アイチ」
その名前に、櫂の目が見開く。
「なーんか、妬けるよなぁー」
「別にあいつは、そんなんじゃない」
「どーだか」
「それに俺は、別にあいつのことを考えていたわけじゃない」
櫂はそう言うと、口を噤んでしまった。
まぁ、ちょっとからかってこっちを向かせようと思っただけだし、別になんだって良かったんだけどさ。
「……ふーん」
でも、俺がこの話題をチョイスしたのは、たぶんきっと、俺自身がそれを気にしているからだったんじゃないかと、思うわけで。
「お前は、そんなくだらないことのために、こんなことをしたのか?」
「……は?」
だから、櫂のその言葉には、少しカチンときてしまった。

(……くだらないだって?)

俺だって、お前があいつを気にかけているのが、そういうんじゃないってのは、わかっているつもりだ。
でも、やっぱり気になるだろ?
こればかりは、理屈じゃどうにもならないんだ。

(これじゃあまるで、子どもの嫉妬だな)

それでも俺は、気にせずいられるほど大人でもない。

「くだらなくなんか、ねぇよ……」
気づけば俺は、そうぽつりと呟いていた。
それは櫂にも聞こえていたのだろう。目の前の櫂は、怪訝そうな顔でこちらを見上げている。
「よくわからないが、もう、いいだろ……っ!?」
だから俺は、そう言いかけた櫂の唇を言葉ごと飲み込んでやった。
今度は、深く噛みつくように。
逃げる隙なんて、与えてやるものか。
「んんっ」
開いた口から舌をねじ込み、奥に引っ込んでいる櫂の舌に強引に絡みつく。
「んっ、はぁ……っ」
櫂の吐息が、唇の隙間から零れ落ちる。
鼻から抜けるような声と熱い吐息が、俺を誘っているかのように聞こえて。
「ふぅっ、ん……ぁっ!?」
俺はそれに促されるように、制服のシャツの裾から右手を忍ばせると、櫂の腹を撫で回した。
「三和っ、やめろ……っ!」
「やめない」
「ここ、どこだと……」
「学校の屋上だろ?」
「誰か来たら、どうする……っ」
「もう授業始まってるし、誰もこねぇよ」
それに、扉の鍵はしっかり閉めてある。

(……まぁ、それは櫂には言わねぇけど)

「そんなものは、関係ない…っ」
それでも櫂は、まだ納得がいかないらしい。
俺に胸を弄られて体を震わせながらも、その瞳は強くこちらを睨め付けていた。
「くっ……」
しかし、そうは言っても体は正直で。
腹をまさぐる手の下で櫂が内股をすり寄せているのを、俺は決して見逃さない。

「……けど、お前だって、ここで止められたら困るんじゃねぇの?」

そう言って、わずかに頬を上気させる櫂の顔を見下ろせば。
櫂はもう、それ以上なにも言わなかった。





**





壁に凭れてあぐらをかいた俺は、自分の膝の上に櫂を乗せると向かい合うように座らせた。
「三和……っ」
櫂の口からは、不安げな声が零れる。

こんな櫂の姿、きっと誰も拝めない。俺だけの、俺だけが知っている櫂。

そう思うと、熱はいっそう高まってくる。
「どうしたんだ?まだ半分しか入ってないけど?」
「はっ、ぁ……も、むりだ……っ」
「無理じゃねぇだろ、ほら」
「う、ぁ……あぁっ!?」
引き気味の腰を掴んで一気に下から突き上げると、櫂は喉を引きつらせながら声を上げた。
ガチガチに固まっていた櫂の体から、力が抜ける。そうすれば、櫂の全体重が俺へとかかり、俺のモノはいっそう深くまでねじ込まれる。
「くっ、はぁ……んっ」
櫂の中は驚くほど熱く、内壁がきゅうきゅうと絡みついてきて、気を抜けばすぐにでもイってしまいそうだった。
「あっ、ハァ……っ」
がくがくと揺さぶりながら、櫂のいいところを突いてやれば、抑え気味だった声に甘さが増す。
「櫂っ、気持ちいい、だろっ?」
「ふ…ぁんっ…んあぁっ」
同時に、俺たちの間で震えている櫂のモノを手で扱いてやれば、先端から先走りが零れ落ちて俺の手を濡らした。
「や、め……あっ、ぁ」
さらに、上下する腰の動きを早めれば、櫂は襲いくる快感に耐えるように俺の首に必死にしがみついてくる。
それが途方もなく愛しくて、可愛くて、たまらなくなる。
「あっ、はぁ……はっ、ん」
耳元で櫂が熱い息を吐くたびに、俺の体もぞくぞくと痺れる。
こいつからしたら無意識なのだろうけれど、それは確実に俺の熱を煽っていて。
「三和……っ」
小さく呼ばれ、櫂の顔を見上げれば、涙に濡れる瞳と目が合った。
「櫂」
「んっ」
俺は腰の動きを止めると、震える唇に優しくキスをしてやる。
「……なぁ。こういうことさせるのは、もちろん俺だけ、だよな?」
「……」
そう問いかければ、櫂は目を伏せて言い淀んでしまった。
「かーい?」
「……っ、あたりまえだろ……っ」
それから櫂は、そう吐き捨てるように言うと、俺の制服を掴んでいた手によりいっそう力を込めた。
「ははっ、言ってくれるじゃねーかっ」
そしてそれを合図に、俺は再び律動を始める。
「あっ、ま……っ、み、わっ」
突然再開された激しい突き上げに、櫂はひどく狼狽していたけれど、俺にはもう、この衝動を抑えることなんかできなくて。
「櫂……!」
「んっ、あぁっ、み、わぁぁ……っ!!」




……やっぱ、櫂にはかなわねぇよ。




そんなことを改めて実感しながら、俺は甘い白濁の中に溺れた。











おわり

















「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -