あこがれのきみに




「どういうつもりだ」
壁に追い詰められて僕を見上げる櫂くんの顔が、いつもの櫂くんのそれと変わらないことに、僕は喜びに打ち震えた。
やっぱり、櫂くんはすごい。こんな状況でも、少しも動じていないんだから。
「どういうつもり……?僕はただ、櫂くんに知ってもらいたいだけだよ?」
櫂くんは、目線を合わせるためにしゃがむ僕を鋭い視線で追い、
「知る?何をだ……?」
そう、訝しげな顔で聞き返してきた。
「ねぇ、櫂くん」
しかし僕はその問いには答えず、櫂くんの深緑の瞳をまっすぐに見つめながら名前を呼ぶ。
「……」
櫂くんはそれに少し眉を顰めてから、チラリと後ろに目をやると、後ろ手に縛られた自分の腕をぐいぐいと引っ張った。
それは、櫂くんの自由を物理的に奪う、唯一のもので。
もちろん、少し引っ張ったくらいで自由になれるようなものでもないのだけれど。
「櫂くん。ちゃんと、こっちを見て」
そんな櫂くんの顔に、僕は手を触れる。再びこちらを向いた櫂くんの瞳を、今度は逸らされないように固定する。
「アイチ……んっ」
そして、僕の名を紡いだその薄い唇に、自分のそれを重ねた。
「っ、なにを……っ!」
唇を離して再び見つめた櫂くんの顔には、さすがに動揺の色が表れていて。
何物にも動じない、強く気高い櫂くんをそうさせたのが自分だという悦楽に、僕の口元には自然と笑みが浮かんだ。
「アイチっ!?」
そうしてそのまま、僕は櫂くんの制服のスラックスへと手を伸ばす。
それにはさすがに焦ったのか、櫂くんは足をばたつかせたけれど、それを抵抗と言うにはあまりにも弱く。
「あっ」
僕の手が布越しに下腹部に触れると、櫂くんはビクッと肩を震わせた。
「……くっ」
しかし、すぐに唇を噛みしめて、溢れる声も飲み込んでしまう。
そんな櫂くんを傍目に、僕はチャックを下ろし前を寛げると、下着から櫂くんのモノを取り出す。
萎えているそれを手のひらでやわやわと揉むと、すぐに反応を示して芯を持ち始めた。
それが嬉しくて、僕は手の動きを早めた。
「や、めろ……っ」
櫂くんが、低く唸る。上擦りそうになる声を懸命に抑えようとしているのがわかって、僕はたまらない気持ちになる。

……そんな言葉に、意味なんてないのに。

縛られているのは手だけなのだから、抵抗しようと思えばいくらでもできるはずだ。
そうでなくても、僕なんて非力なのだから、逃れることなど容易いはずなのに。
さっきだって、そうだ。本気で抵抗すれば、避けることはできただろう。
それなのに、櫂くんがそうしないのは……

少しでも僕のことを認めてくれている証拠なの?
僕にこうされることを、良しとしてくれている証拠なのだろうか?
ねぇ、これは自惚れかな?櫂くん――

「……はっ、ぁ、くっ」
緩急をつけた手の動きに、噛みしめた唇の隙間から吐息が漏れる。櫂くんのモノはすっかり勃ち上がり、僕の手の中でふるふると震えていた。
それが、何かを訴えているような、乞われているような、僕にはそんなふうに見えたから。
だから僕は、背中を丸めて床に肘をつくと、櫂くんのモノに顔を寄せたのだ。
「……やめろっ!!」
僕のやろうとしていることに気づいた櫂くんが、らしくもなく声を荒げる。
僕はそんな櫂くんを無視して、それをぱくりと口に含んだ。
「あぁ……っ!」
瞬間、櫂くんの嬌声が頭上から降りかかる。いつもより、少し高く艶がかった声。

あぁ、あの櫂くんが……。

櫂くんにこんな声を出させたのは、紛れもなく僕なんだ。
そう思うと、全身がぞくぞくと痺れた。
「ふっ」
唇を窄めて、竿を扱くように上下に動かしたり、括れの部分に舌を這わせたり。
僕がすることに、櫂くんがしっかりと反応を示してくれることがたまらなく嬉しい。
「くっ、ふ、ぁ……」
チラリと見上げれば、与えられる刺激に耐えているのか、悩ましげに眉根を寄せてぎゅっと目を瞑る櫂くんの顔が見えた。

……櫂くんに、もっと感じてもらいたい。

僕は口の中で櫂くんを弄びながら、両手を使ってさらに追い上げていった。
「……う……ぁっ……」
先端から零れる先走りを舌で掬いながらねっとりと舐め上げると、びくびくと櫂くんの内股が痙攣したのがわかった。

――あぁ……。櫂くん、櫂くん、櫂くん……!


「アイチ……っ、も、はなせ……っ!」
無我夢中で櫂くんを慈しんでいた僕の耳に、櫂くんの切羽詰まった声が聞こえてきて、ふと冷静になる。櫂くんのモノが、口の中でドクドクと脈打っている。
「アイ、チ……!」
その声に、口はそのままに顔だけ上げれば、櫂くんの瞳と目が合って。
いつもの力強い瞳が涙で潤んでいて、耳の奥がずくりと疼いた。
「あっ、あぁ……っ!」
僕はそんな櫂くんに瞳で微笑むと、追い打ちをかけるように手の動きを早め、先端を強く吸い上げた。
そうすれば、櫂くんは僕の口の中にその白濁を吐き出したのだった。

「んっ」
僕はそれを全部飲み干して、櫂くんから口を離す。
「……っ」
そして、手の甲で口元を拭いながら、その顔をゆっくりと見上げた。
櫂くんは、キッと僕を睨み付けたけれど、その顔はすぐに逸らされてしまった。
「ふふ……」
僕はそんな櫂くんに微笑みかけ、
「櫂くん……」
熱に上気するその頬に手を滑らせながら、うっとりと、その顔を見つめていたのだった……。



ねぇ、櫂くん。
僕は、きみに認めてもらうためなら、なんだってするよ。



だからね、櫂くん――――






***






部屋の白い天井がぼんやりと映る。
変わらない朝。変わらない自分の部屋。
しかし、先ほどまで見ていた彼の記憶は、とてもはっきりとしていた。
その声も、表情も、感触も、すべて。

だから早く、櫂くんに知って欲しい。




夢にまで見てしまうくらい、僕がこんなにも櫂くんのことを想っているのだということを。









おわり










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