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 宮田はマンションの前で車を停めさせた。
「専用駐車場が地下にあるが、駐車場に入るにはカードキーが必要になる。フロントに入るにも、これが必要になる」
 これ、と言って宮田はカードキーを見せてくれた。史人を抱えたまま、直広は宮田のあとを追った。アーチ型になっているマンションエントランスには、緑が広がっていた。自動ドアが開き、中へ入ると、宮田が認証部分にカードキーを当てる。
 施錠されていたガラスの扉が開き、ラウンジと管理人室が見える。直広はホテルのようなマンションに言葉も出なかった。宮田が先を歩き、靴音が鳴る。管理人室の窓から、壮年の男が笑みを見せた。
「宮田さん、お疲れさまです」
 宮田は直広を手招きして呼んだ。
「深田直広さんと史人君。今日から、しばらくの間、ここに住ませます。深田さん、ここの管理人の岩井さん。奥さんと二人で管理してる。クリーニングとか、分からないことがあったら、彼らに聞けばいい」
「はい。深田です。よろしくお願いします」
 直広が頭を下げると、管理人の岩井は管理人室から出てきて、同じように頭を下げてくれた。
「そういえば、あの女性、時々、来てますよ」
 岩井の言葉に、宮田が苦々しい表情になる。
「明日からはうちの者を外にも配置するんで、もし来たら追い払います」
 ラウンジは日光を取り入れるように設計されているのか、窓が大きい。その窓の向こうにはマンションの中庭がライトアップされていた。
「すごい……中庭の手入れも岩井さんがなさっているんですか?」
「はい。妻も私も園芸が趣味なんです」
「きれいですね」
 岩井は嬉しそうな笑みを浮かべて頷いた。
「深田さん、エレベーターが来た」
 宮田に呼ばれ、直広は会釈してエレベーターホールへ向かう。
「向かって左手が高層階専用な」
 エレベーターは二基ずつあり、左側は二十一階以降の高層階のボタンしかついていない。宮田は三十二階のボタンを押した。
「あ」
「どうした? もしかして、高所恐怖症か?」
 直広は首を横に振る。ただいちばん上だとは思っていなかった。エレベーター内のボタンは二十一階より下だと、一階と二階、そして、地下駐車場のボタンしかない。
「二階……は何があるんですか?」
「屋内プールとフィットネススタジオだ。着いたぞ」
 エレベーターを降りてすぐに、二人がけのソファと観葉植物が置いてあった。宮田はカードキーを当て、その後、暗証番号を入力する。扉を引いた彼は、直広に入るよう促した。
「何してる? 靴、脱いで奥に入れ」
 玄関に突っ立ったままの直広に、宮田が急かした。彼は先に靴を脱ぎ、廊下からまっすぐリビングダイニングへと進む。
「おい、どうしたんだ?」
 なかなか上がってこない直広を見て、宮田が怪訝そうな声を出す。
「こんなぜい沢なところ、無理です。俺、部屋を汚しそうで怖い……」
 六畳ほどの和室が二部屋しかない家で育った直広には、想像を超えた世界だった。玄関でさえ、住んでいた長屋の玄関と台所を合わせたほどある。真っ白な壁と薄いクリーム色のクッションフロアには傷一つなく、靴を脱いでも、中へ入ることで部屋が汚れると思った。宮田は直広の言葉に声を立てて笑っている。
「そりゃ、ここはハイグレードだと思うが、そこまでびびらなくてもいいだろ。おまえがいつまでもそこで突っ立ってたら、俺の仕事が終わらない。日付が変わるまでには家に帰りたいんだが?」
 宮田はこの短時間に直広の性格を把握しているようだった。人の迷惑になることを嫌う直広は、宮田の仕事を長引かせるわけにはいかない、と靴を脱いでリビングダイニングへ入る。
「そんな、ここに住むのは拷問です、みたいな顔をされても、今の時点ではここしかないし、期間限定の生活なんだから楽しめ」
 南西向きの大きな窓からは夜景が見えた。窓の前にはブラウンのソファが置いてある。右手側にシステムキッチンとカウンターテーブルがあった。キッチンの向かいには木製のテーブルが配置され、奥の窓からバルコニーへ出られる造りになっている。

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