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 長屋へ続く道は車が入れないほど狭い。直広は近くのコンビニへ車を駐車してもらった。
「大家さんの家も近いのか?」
「はい」
「ついて行こうか?」
 直広は首を横に振った。
「じゃあ、史人君とここで待ってる」
 心細かったが、どこまでも頼るわけにはいかない、と思い、直広は一人で狭い道を歩いた。ほんの一ヶ月ほど前までは、暮らしていた家だ。きっとまだ新しい入居者はいないだろう。直広は鈴木の家の前で立ち止まり、彼女のことを呼んでみた。
 いつものように声をかけて、鍵のかかっていない扉を開ける。こちらへ来ようとしている鈴木と視線が合った。
「あんた、よかった! どこ、行ったのかと……」 
 鈴木は声を詰まらせながら、直広のパーカーをつかんだ。直広は突然いなくなったことを詫びる。
「史人は?」
「大丈夫です。元気にしてます」
 鈴木は安堵の笑みを浮かべた後、内緒話をするように声の調子を低くした。
「部屋はまだ空いてる。だけど、大家さんに会わないほうがいいよ」
 直広が隣を見る。空いているなら、もう一度、住みたいと思った。予想していたように、大家は楼黎会から脅されていて、直広と関わりたくないと思っているかもしれない。だが、鈴木の話は予想とは異なった。
「少し前に警察が聞き込みにきたんだ。その時に、大家さん、やくざに脅されて、あんた達の住んでた部屋の家具から何から、全部処分した、清掃も念入りにしろって言われたが、玄関に大量の血痕があったって言ってね、兄弟仲が悪かったって話してたんだよ」
 大量の血痕、と聞き、直広は青ざめた。あの時の恐怖や絶望がよみがえる。鈴木は直広の手をつかみ、「うちにも来た」と言った。
「だけど、言ってやったよ。あんたは暴力を振るうような人間じゃないって」
 その言葉に、直広は息を飲む。
「警察は……俺を疑って……?」
 背中から炎をつけられたように、焦燥感が直広を襲った。自分ではどうしようもないところから、燃え上がった炎の勢いを止められない。直広は鈴木へ礼を言い、慌てて家を出た。大家の家まで駆けて、呼び鈴を鳴らす。のんびりした声とともに、扉が開いた。
 開口一番、彼は悲鳴を上げる。
「ひ、人殺し!」
 直広は上がりがまちに尻もちをついた彼にすがる。
「大家さん、どういうことですか、俺、健史の……どこに……」
 健史の遺体、と言いかけて、直広は一瞬、くちびるを噛んだ。
「し、知らない、誰か、助けてくれ!」
 放心状態になっている直広から逃れ、大家は外へ飛び出した。鼻をすするような音を立てて、直広は涙を拭う。どうしたらいいのか、分からない。むしょうに史人のところへ戻りたいと思った。
「深田直広さんですね?」
 大家の家の玄関から出ると、二人組の男が立っていた。ドラマのように、「こういう者です」と警察手帳を見せられる。今、飛び出した大家が連れてきたとは思えない。おそらく長屋の周辺を張り込んでいたのだろう。
 直広はなすすべもなく、二人を見返した。
「仁和会と楼黎会のことで、何か知っていることがあれば」
「知りません」
 力なくこたえると、刑事は小さな溜息をついた。
「じゃあ、弟の健史さんと連絡、取れませんか?」
 直広がこたえる前に、もう一人の刑事が直広の肩へ手を置いた。
「取れないですよね? 大家さんの話から察するに、玄関の血痕は健史さんの流したものなんじゃないですか?」
 直広の動揺を、刑事が見抜かないわけがなかった。
「少し話を聞きたいので、一緒に」
「行きません。任意ですよね? タケの、弟のことは、俺も探してますから」
 直広は刑事の手を払い、狭い道を早歩きで抜ける。うしろから刑事達が追ってきた。拳を握り、奥歯を噛み締めて、直広は涙を我慢する。信号機はちょうど赤だった。コンビニから出てきた優は、何かを買ったらしく、袋を提げている。反対の手は史人の手につながっていた。

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