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 直広は裏口から地下へ行き、空いている個室へ入る。個室は両面ずつに五つほどある。中は広々としていて、様々なプレイができるようになっていた。サイズの合っていない服を脱ぎ、ベッドの上に座る。ベッドのほかに事務所にあるような磔台や上から吊るせる支柱などもあった。
 通常運営をしている上のクラブがどんなものか見たことはない。客の話では上から入店して、この非合法な売春クラブの合言葉を言えば、下に来ることができるらしい。ラウンジと呼ばれる場所で好みの商品を選び、モニター越しに料金の交渉をして、成立すれば個室まで案内される。
 ラウンジでは商品になっている人間のフィルムが流れていると聞いた。直広の初体験のフィルムも見た、と客の一人が言った。スタンガンに怯える様子がいいらしく、あえて電気責めをする客もいる。
 ベッドの上に座っていた直広は、少し場所を移動した。思った通り、座っていた場所に血がついている。アナルからの出血だった。チェストの引き出しを開けて、中に入っている潤滑ジェルやコンドームを見つめる。催淫性の高いジェルもあったが、直広はごく普通の潤滑ゼリーを手にした。
 出血はおそらく中が切れているからだ。浣腸するように自分でアナルへノズルを入れて、ポンプになっている部分を押した。ノズルを抜き、ゴミ箱へ捨ててから、ベッドへ仰向けになる。モニターは白いままだったが、客が様子を見ていることもある。自慰行為を見せて、自分を売らなければならない。
 今のところ二十万円を切ったことはなかった。だが、終始、熱っぽい状態で、体のだるさは取れず、直広はいつ倒れてもおかしくない。もし、一日でも仕事ができなければ、借金がふくらむ。字は震えで読みにくかったが、あの契約書に署名しているのは、間違いなく自分だった。
 悲しい現実から目をそらすように、直広は目を閉じて、自分のペニスへ触れた。限界までいかされ続けることはもちろん、射精禁止にされたまま、なぶられることも辛い。直広はあまり性欲が強いほうではなかった。今も手を動かしているものの、ペニスは熱を持たない。
 何か興奮しそうなことを思い浮かべようとして、自分のみじめさに苦笑した。もう失ってしまったが、失って始めて、アルバイトを掛け持ちして生活しているほうが楽だったと分かった。あの頃は仕事に追われて、史人も鈴木へあずけたまま、健史の話も聞かず、金のやりくりばかり考えていた。
 今の状態で生きていれば、史人が小学校へ上がる頃、何も蓄えがない。その前に、この体でどこまで生きられるだろうと思った。毎夜、アナルをいじられて、出血し、それでもまだ受け入れ続けたら、どうなるのか、直広は不安だった。
 今日も弁当のおかずは食べられず、ごはんと漬物を少しだけ口にした。排便の量が少ないほうが、準備に手間取らずに済むからだった。
 モニターが切り替わり、直広を買いたい客が映し出される。客の顔をいちいち覚えていないものの、モニター越しに見る彼は覚えていた。直広は手を止め、ベッドに座り直す。指先が震えた。
「エヌの好きな低周波装置、持ってきたんだ。オールで二十、いいだろう?」
 商品はすべてイニシャルで呼ばれていた。直広は特に電気責めの好きな客をぼんやりと見つめる。断ることはできる。彼の代わりに別の客を待てばいいだけだ。直広は目の前の客とあとから買ってくれるかもしれない客を天秤にかける。リスクを犯しても、電気で責められるのは嫌だった。
「どうして考えてるんだよ。俺が来たら、俺が買う、断らないって約束しただろ」
 客は語気を強めて言った。直広はそんな約束をした覚えはなかったが、前回、相手をしている時に、責めから解放されたくて、言えと言われたことは何でも言ったかもしれない。男は無表情になり、一度だけうしろを振り返った。
「別に、断るならどうぞ。ただ、俺、ほかの奴らと取り引きしてるから」
 モニターへ顔を近づけた男は、笑みを浮かべる。
「俺が来店したら、エヌを買うのは俺だけだ。ほかの客、待っても、誰もおまえを買わない」
 直広が言葉を発する前に、モニターが切れた。男の言うことが本当なら、今日の稼ぎはない。直広は痛む胃を押さえて、ベッドへ横になる。自然と涙が流れた。電気は嫌だ。モニターへ背を向け、直広は目を閉じる。
 事務所では冷たいコンクリートの上で眠るため、ベッドの感触は心地いい。客の相手をしながらだと感じられない安堵に、直広はゆっくりと意識を沈める。一度、モニターがついたが、男は直広の背中を見て、しばらく睨んだ後、すぐに切った。

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